宮側町屋台曳行

悪疫退散の想いを込めて。大改修をした宮側町屋台が曳行する日

2020年7月、毎年秩父の街が賑わいを見せる「秩父川瀬祭」は、新型コロナウイルスの影響で笠鉾・屋台の曳行等は行われず、大幅に縮小した形で実施されました。

実は、2020年の秩父川瀬祭に合わせてある町の屋台の大改修が進められていました。それは、秩父市の中心地で商店街の活動も活発な「宮側町(みやのかわちょう」。

宮側町の屋台は、1935年に秩父の名工「丸岡治助」の手によって作られた屋台。これを2020年に合わせて約20年かけて大改修を行い、この年にお披露目をする予定でした。

しかしながら、縮小した「秩父川瀬祭」ではお披露目が叶わず。「なんとか、新しい姿を人々に届けたい」その想いを受けて、2020年10月に、宮側町が毎月開催している「ナイトバザール」にて、万全なコロナ対策をした上で、屋台を曳行(えいこう:屋台を曳き回すこと)をすることになりました。

ナイトバザールは今まで290回以上も開催されている、秩父市の名物イベント。
今年は、コロナウイルスの影響で例年のように毎月定期的に行うことが難しい中、10月にはナイトバザールを復活。それと同時に、新しくなった宮側町の屋台がついに表舞台に登場します。

宮側町の屋台蔵には、改修を終えていつでも曳ける状態になった屋台が。元々、笠鉾だったものが大正3年の電線架設に伴い、屋台に改修。笠鉾の面影が残る屋台ですね。

「秩父川瀬祭」でも祈願される「悪疫退散」の札を掲げて、新型コロナウイルスの収束を願う想いを感じられます。

陽も落ちた午後7時ころ、いよいよ宮側町の屋台曳行が始まります。

まずは出発前に神主の祈祷から。屋台の上に乗る「囃子手(はやして)」の子どもたちを中心に、安全に曳き回しができることを願います。

屋台蔵から出発するときには、あいにくの雨が降り注ぎますが、ビニールシートを被せて万全な体制でいざ出発!

宮側町の商店街で行われているナイトバザールの中を、豪華絢爛な姿で屋台が曳かれていきます。

本来は7月の「秩父川瀬祭」で見るはずだった屋台の姿が、3ヶ月の時間を経てお披露目が叶った瞬間です。

秩父の屋台といえば、この迫力の「ギリ回し」! 方向転換をするために、屋台の底に軸を入れ、力一杯屋台を動かします。

会場では、秩父屋台囃子が鳴り響き、いつもの祭りの賑やかさを感じられる瞬間でした。

「ホーリャイ!ホーリャイ!」と声を上げる屋台に乗った囃子手の子どもたちの口元には、マウスガードが。秩父の屋台曳行には欠かせない掛け声をコロナ禍でも実現させるために、施している工夫です。

約1時間ほどの曳行を終え、屋台蔵に戻る宮側町屋台。あいにくの雨でも、堂々とした豪華な姿で街を曳行する姿はとても印象的でした。

コロナ禍で次々に中止となってしまった祭りの中で様々な感染対策を行い、限定的ではありますが、屋台曳行を実施できた宮側町商店街 会長の島田さんにお話を伺いました。

島田さんは、今回屋台を出そうと思ったきっかけに
「秩父川瀬祭で屋台を曳けなかったことで、20年かけて改修した宮側町の屋台をお披露目できる機会は、今年は今回がラストだった。そして、屋台に乗れる囃子手は小学6年生と決まっているので、その子たちにとって今後屋台に乗れるチャンスがなくなってしまう。なんとか実現させてあげたかった」
と語りました。

また、コロナ禍における屋台曳行については
「周りからも反対はあったものの、万全のコロナ対策をして、「自粛よりも攻め」でみんなに少しでも元気になってもらいたかった。曳行当日の10日前から祭り関係者全員の健康管理を実施。健康チェックリストを提出したメンバーだけが、今回の曳行に参加できるようにした。また、屋台を曳く縄にも一定間隔でテープを貼り、ソーシャルディスタンスを保てるように工夫した」

と、コロナ禍の新しい祭りのあり方にチャレンジしていた様子が伺えました。

「2021年はオリンピックの聖火リレーの時にも神社前に屋台を並べるなど、何かしら今後もチャレンジをしていきたい」と締めくくっていました。

コロナ禍で全国的に祭りが中止になってしまう中、施される感染対策の工夫の上に今回のような屋台曳き回しが実現できたことは、とても印象的でした。

引き続き感染症対策はしっかり行いながら、新しい様式でのチャレンジを続けて欲しいと感じました。