長瀞火祭りレポート

燃え盛る炎!駆け抜ける修験僧!迫力満点の祭り「長瀞火祭り」

満開の蠟梅(ろうばい)の甘い香りに上着を脱ぎたくなるような陽気の中、秩父路に春を告げる「長瀞火祭り」が開催されました。修験僧※1が燃え盛る炎の上を駆け抜ける姿をみることができる「紫燈大護摩(さいとうおおごま)・火渡荒行」は迫力満点。そんな「長瀞火祭り」の様子をレポートします!

郷土芸能が目白押しの「長瀞火祭り」!朝から見逃せない!

「長瀞火祭り」の会場までは、秩父鉄道長瀞駅から歩いて20分ほど。この日は、駅前で甘酒が無料で配られるなど、駅から出た途端にお祭りムード一色。火祭り会場だけでなく、駅前でもさまざまな郷土芸能を見ることができます。

こちらは、長瀞駅前で法螺貝を吹く修験僧の様子。

修験僧は、ここから会場までの約2キロの坂道を、約1時間かけて登っていきます。

獅子舞一行の衣装や修験僧の鮮やかな法衣(ほうえ)が、自然豊かな長瀞の町を彩ります。

練行(れんぎょう)※2の先導を務めるのは、皆野町にある椋神社の祭神でもある「猿田彦」。一枚歯の高下駄で歩く朱塗りの天狗面姿がとても神秘的です。

修験僧が吹き鳴らす法螺貝(ほらがい)の音が響き、1000人を超える華やかな行列に、沿道に詰めかけた人々は一斉にカメラを構えていました。

いよいよ祭りのメイン、”火渡荒行”。緊張も興奮も最高潮!

一行を待ち構える火祭りの会場では、朝早くから四方を区切った注連縄(しめなわ)と幣束(へいそく)※3で結界が張られ、道場(修験道を行うための場)の準備が整えられています。京都からはるばる到着した醍醐寺座主(最高位の僧)を歓迎する口上が述べられ、「長瀞火祭り」のメインとなる「紫燈大護摩・火渡荒行」がはじまりました。

火祭り会場に設置された大きな護摩壇。

先ほどまでのお祭りの賑わいに、仏教法要の緊張感が加わった独特の空気が新鮮です。

紫燈大護摩とは、護摩壇の前にさまざま供物をそなえ、護摩木を燃やすことで不動明王をお招きし、悩みや願いを聞いてもらうことです。燃えさかる火炎は不動明王の智慧そのもので、人々の煩悩を清め、願いを成就させるといわれています。今年は約4トンの檜と約3トンの薪を使った、大きな護摩壇が作られました。

仏教の法要という言葉を聞いて、みなさんはどんな光景を思い浮かべますか? 多くの方が想像した通り、仏教は修行や法要はお寺の中で行うことが大半です。ご本尊が安置され、常に修行の場になっているお寺とは違い、野外では、その場所を修行のための「道場」に変えるため、数々の清めの儀式が必要になります。

山の中で護摩の薪を切り、護摩壇の結界をつくる法斧の儀。

弓を放って外側の魔を祓う法弓の儀。

不動明王の持ち物でもある、剣を用いた法剣の儀で内側の魔を祓い、九字※4を切って結界を強めていきます。

山の中に入り、自分自身を仏となるために心身を鍛える修験道の厳しさが、剣や槍、弓矢など、用いる法具の力強さにも表れているようでした。

こうして、数々の儀式で道場を清めることで、いよいよ不動明王をお迎えすることができるのです。

火を点けるとすぐに、真っ白な煙がもくもくと湧きあがり、周囲の景色を覆い隠しました。やがて、煙の内側から炎が覗くと、あっという間に燃え広がっていきました。人の背丈を優に超える炎の山が、不動明王像の光背を思わせます。

天に向かって奔放に伸び、大きな炎の塊がちぎれて空に舞うさまは、普段私たちが使っている炎とはまったく別物のようで、朗々と響く50名にも及ぶ修験僧の真言※5とあいまって、とても神聖なものに感じました。

そしてここから「火渡荒行」へと続きます。

山のようになった燃え盛る護摩壇を人が渡れるようにならすと、炎の勢いが収まりました。「ここを修験僧が渡るんだな。」と、安心したのは束の間。

なんと、収まりかけた炎に次々と護摩木を加えて、再び大きな炎になりました。こんなに炎が燃え盛る場所を走り抜けるんですね。

荒行の厳しさは火渡りだけではありません。自身が仏となったことを示すために、頭から熱湯を被る「湯加持(ゆかじ)」を行います。修験者自身が智慧の火を生じる”火生三昧”と呼ばれる状態に入っているため、熱湯や炎にも耐えられるといわれています。

熱湯を頭から浴びる「湯加持」。

湯加持を行った修験僧は、続いて火渡りを行います。

緊張感に静まっていた会場からも、堪え切れずに声が上がりました。護摩の炎には汚れや煩悩を祓うことができるほか、願いを叶えたり不動明王の御加護を得られるとされています。次々と護摩札を持って火に飛び込んでいく修験僧たち。炎の上を走りながら、国の安泰や人々の家内安全、願いの成就を祈ってくださいます。

なんと、護摩の神輿を担いだまま火を上を走ります!
このお神輿の御幣(ごへい)※6は、後で購入することができました。

すべての行事の最後に、一般の参加者による火渡りが行われました。火が消えた護摩壇を渡る前に、修験僧の方々が一人ひとり、背中に手を触れて送り出してくださいます。

最後の一人まで丁寧に祈ってくださる姿や、厳しい荒行を目の当たりにすると、祈っていただいた分良い一年を過ごさねばと、身が引き締まる思いがしました。

春のお祭りとしての華やかさや仏教法要としての厳粛さ、修験僧の祈りの力強さを体感することができる「長瀞火祭り」。ぜひ、参加してみてはいかがでしょうか?

(取材日:2018年3月4日)

※1 修験僧:修験道(しゅげんどう)の修行者。山伏とも言う。金剛づえ・ほら貝などを持ち、山にこもって修行する。

※2 練行:修験を行う山に向かって歩く修行。徒歩練行とも言う。

※3 幣束:たたんで切った紙を細長い木に挟んだもの。祓(はらい)のときに用いる。

※4 九字:護身の秘法である九つの文字。「臨兵闘者皆陣列在前」の九つの字。

※5 真言:仏・菩薩などの真実のことば

※6 御幣(ごへい):神祭用具の一つ。紙または布を切り、細長い木にはさんで垂らしたもの。

鉄砲まつりレポート

放たれる鉄砲の銃火!その中を駆け抜ける姿は圧巻「小鹿野鉄砲まつり」

秩父地方の祭りの最後の締めくくりと言われる、飯田八幡神社の「鉄砲まつり」。毎年12月の第2日曜日とその前日に開催されます。

西秩父の寒空のもと「小鹿野歌舞伎」の奉納や笠鉾・屋台の曳き回し、さらに「鉄砲まつり」の名前の由来となっている“火縄銃と猟銃の銃火奉納”という珍しい祭礼行事が行われています。今回は“小鹿野の奇祭”という異名もついているこの「鉄砲まつり」に2日間密着しました。

【1日目】小鹿野の子どもたちが中心となった美しい笠鉾・屋台の曳き回しに注目! その美しい衣装や「小鹿野歌舞伎」を演じる勇姿に多くの声援が!

1日目は、笠鉾・屋台の曳き回しや、小鹿野の名物である歌舞伎の上演が行われます。笠鉾、屋台上で屋台囃子を演奏するのは地元の子どもたち。子どもながら、迫力ある演奏で活躍する姿は必見です。

「鉄砲まつり」は、埼玉県秩父郡小鹿野町にある「飯田八幡神社」で開催されます。

14時、快晴の空のもと「鉄砲まつり」1日目がスタート。まずは八幡神社の社殿のまわりを、若い衆をはじめとした祭礼関係者が3周し、祭りの成功を祈願します。

笠鉾・屋台の上で掛け声をかける子どもたちの姿も。華やかな衣装がひときわ目をひきます。

祭りの安全、そして町民の健康や繁栄を祈願し、「秩父3本締め」も行われました。「秩父3本締め」とは「パンパンパン、パパパン、パン!」の独特なリズムで行う秩父地域特有の手締めです。

いよいよ笠鉾・屋台の曳き回しがスタート! 先ほどの子どもたちが、扇子を手にしながら「わっしょい!わっしょい!」と威勢のよい掛け声をあげ、笠鉾の上から先導します。

笠鉾につづいて、屋台の曳き回しも。こちらは男の子たちが中心となって掛け声をかけます。

屋台囃子は、地元の子どもたちが中心となって演奏されます。真剣な表情に思わず見入ってしまいました。

笠鉾・屋台が一通り町内を曳き回されると、再び飯田八幡神社の参道付近に戻ってきます。そして屋台上で「三番叟(さんばそう)」が上演されます。これは歌舞伎の前に『幕開きの祝儀』として行われるもので、祭りの安全を願って行われるそうです。

「三番叟」は、屋台が奉納される上飯田の旧家である猪野氏が代々演じるのが慣例だそうです。

「三番叟」が終わると、いよいよ名物「小鹿野歌舞伎」の奉納が始まります。

1日目は、上飯田子供歌舞伎による「寿 曽我対面 工藤館之場」という演目です。2人の若い兄弟が父の仇を討つために、源頼朝のお気に入りだった「工藤祐経」の館に入り工藤と接見するというお話です。歌舞伎が奉納されると、1日目の祭礼行事はすべて終了となります。

この「小鹿野歌舞伎」の奉納は、「鉄砲まつり」のもう1つの見どころで、2日間を通して4演目もの歌舞伎が地元の方によって上演されます。もちろん内容を知らなくても分かりやすいですが、会場で配布されるあらすじを読んだ上で歌舞伎を見れば、さらに面白さが増すに違いありません。

【2日目】参道を駆け抜ける御神馬の両側から火縄銃と猟銃の銃声が鳴り響く! 度肝をぬかれる「お立ち神事」は一見の価値あり!

いよいよ“小鹿野の奇祭”と呼ばれる「お立ちの神事(おたちのしんじ)」が行われる2日目がスタート。この日は10時~19時過ぎまで「飯田八幡神社」とその付近で多くの祭礼行事が行われます。

「鉄砲まつり」2日目は、朝10時から。お祭りが滞りなく行われるようお祓いが行われます。

「お立ち神事」で参道を駆け上がる「御神馬(ごじんば)」の姿もありました。

神社社殿付近の神楽殿では、終日「神楽(かぐら)」の上演があります。神楽とは神をまつるために奏する歌舞のことで、厳かな雰囲気の中、たくさんの演目が上演されます。

神社の石段のふもとに設置された屋台の上では、この日も猪野氏による「三番叟」が始まりました。これが終わるといよいよ「小鹿野歌舞伎」がスタートです!

2日目最初の歌舞伎の演目は、上飯田子供歌舞伎による「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」です。盗人を演じる5人の子ども達が舞台に登場すると、大きな拍手と歓声に包まれました。5人とも緊張する様子もなく堂々としています。

主役の5人がそれぞれひとりずつ“見得を切る”場面。セリフが決まると、観客から「よぉー!」という掛け声も。

続いて演じられたのが、上飯田若連歌舞伎による「奥州安達ヶ原三段目・袖萩祭文(そでがひさいもん)之場」という演目。先ほどの子供歌舞伎の可愛さから一変し、本格的な「小鹿野歌舞伎」を間近で堪能できます。

時代は平安末期(前九年の役)、源氏と敵対する奥州安倍一族のお話です。親の反対を押し切って敵側の安倍氏に嫁いだ娘と父親の悲運が描かれています。

続いて14時半頃より、「お立ち神事」の前座でもある「火縄銃演武」が神社の参道の脇にある田んぼで上演されます。隊長を先頭に20名ほどの火縄銃の射手が参道を行進し、演武を行う場所に向かいます。

隊長の「撃てー!」という号令で、大きな銃声が秩父の冬空に響き渡ります。初めて銃声を聞いて、その迫力と音にびっくりされる方も多いはず。

火縄銃を一斉に撃ったり隊列を変えて撃ったりと、いろいろなバリエーションが楽しめる演武。撃っているところも面白いですが、銃口に火薬を押し込んで火薬を着火させる瞬間など、見どころ満載です。

演武が終わると、神社の鳥居から社殿までの参道を、戦国絵巻さながらの衣装を身にまとった組が練り歩く「大名行列」が行われます。

先頭は高張提灯(たかはりちょうちん)※1組。この後に鳥毛(とりげ)※2組、御徒士(おかち)※3組、最後に御神馬が続きます。

「大名行列」が終わると、すぐにメインの「お立ち神事」へ。神社の石段下の参道に、火縄銃保存会と猟銃の射手が20人ずつならびその時を待ちます。一瞬訪れる静寂に、緊張感が伝わってきます。この「お立ち神事」の歴史は200年以上もあり、狩猟が盛んだった小鹿野にちなみ、猟の安全や豊作祈願の意味がこめられているそうです。

神社の境内から氏子総代※4が提灯を3回まわすと、準備完了の合図。最初に高張提灯組が勢いよく参道を走りぬけ、神社の石段を駆け上がります。その際に、参道の両側からバンバンバン!と火縄銃と猟銃を打ちます。あっという間に境内が白い煙に包まれます。

高張提灯組につづき、鳥毛組と御徒士組も参道を駆け抜けます。近くで見学すると、風向きによっては火縄銃の火薬のカケラが頭上に降り注ぐことも。まさに大迫力です。

そして、クライマックス! 御神馬の登場に会場がざわめきます。1頭ずつ勢いよく参道を走り抜ける瞬間に、最後の銃火奉納が行われます。

さすが御神馬です。鳴り響く銃声におののくこともなく、あっという間に石段めがけて走り去りました。まさに“小鹿野の奇祭”を目の当たりにした瞬間でした!

迫力ある「お立ちの神事」の緊張感から解放された後、再び和やかな雰囲気を取り戻した「鉄砲まつり」。いよいよフィナーレへ向け、再び笠鉾・屋台の曳き回しが行われます。

1日目と異なり夜遅くまで町内を曳き回すので、子どもたちが持っていた“扇子”が“提灯”に変わっています。

神霊が宿った神体などを神輿に移して、地域を練り歩く「神輿渡御(みこしとぎょ)」も行われます。神輿を担ぐのは、この地を古くから守ってきた“播磨(はりま)”の姓を受け継ぐ一族です。

途中、河原付近に立ち寄り「川瀬神事(かわせしんじ)」を行います。これはさまざまな災いから地域を守るためのお清めの儀式です。

すっかり日が暮れると、笠鉾・屋台の提灯に明かりが灯り、昼間と違った美しさを放ちます。なんともいえないその雰囲気に思わず見とれてしまいます。

そして「鉄砲まつり」はフィナーレへ。最後に演じられる「小鹿野歌舞伎」は、上飯田若連歌舞伎による「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 吉田社頭車引之場」です。菅丞相(菅原道真)に仕える家に生まれた3つ子の数奇な運命を描いた30分にもおよぶ大作です。昼間の歌舞伎を見逃した方は、「小鹿野歌舞伎」が見られるラストチャンスです!

最後の「小鹿野歌舞伎」が奉納されると、「鉄砲まつり」の締めくくりとして、夜空に大輪の花火が打ち上がります。冬の夜空に上がる花火も趣がありますね。これで2日目の祭礼行事もすべて終了です。

“小鹿野の奇祭”と言われているだけあり、火縄銃や猟銃の奉納、戦国時代の大名行列、さらに平安時代の歌舞伎など、そのラインナップの豊富さには驚きました。ここまで様々な行事を見られる祭りは珍しく訪れる価値は十分!ぜひ「鉄砲まつり」を堪能してみてはいかがでしょうか。

(取材日:2017年12月9日~10日)

《注釈》
1、高張提灯(たかはりちょうちん):長い竹竿の先端に括りつけた提灯
2、鳥毛(とりげ):長い竿に鳥の羽毛をくくりつけたもの
3、御徒士(おかち):江戸時代、幕府、諸藩に配置された徒士の集団
4、氏子総代:氏子の間から選ばれた代表世話人

秩父夜祭レポート

街中から屋台囃子が鳴り響く真冬の2日間!ユネスコ無形文化遺産登録の歴史ある祭り「秩父夜祭」

飛騨高山祭、京都祇園祭と並び、日本三大曳山祭の一つにも数えられ、2016年には「秩父祭の屋台行事と神楽」としてユネスコ無形文化遺産に登録された「秩父夜祭」。豪華絢爛な笠鉾・屋台、そして鳴り響く秩父屋台囃子。30万人以上の人出となる秩父の一大イベントをレポートいたします!

12月2日は「宵宮」。豪華絢爛な屋台がじっくり楽しめる!

秩父夜祭は、毎年12月2日、3日の二日間で行われ、初日は宵宮(よいみや)と呼ばれています。宵宮は12月3日の本宮を盛り上げるための前夜祭のようなもの。とはいっても、豪華絢爛な屋台4基が秩父の街を曳き廻され、本宮(3日)に劣らない迫力の祭りを楽しむことができます。

2日の10時ころ、秩父の総鎮守である秩父神社でひっそりと秩父夜祭の神事が執り行われ始めます。

御神馬奉納の儀を執り行うため、宮司を始めとした祭り関係者が祭り会館に集まり、御本殿に向かいます。

同じ頃、秩父神社の境内の神楽殿にて、国指定重要無形民俗文化財に指定されている「秩父神社神楽」が奉奏されます。

この神楽は舞い方に能や歌舞伎の手法が取り入れられ、演劇的な表現が多いことが特徴で、関東一円で見られる江戸神楽とは、異なる構成。

11時を回ると、宮地・上町・中町・本町の屋台曳き回しが始まります。

遠くの方から「ホーリャイ!ホーリャイ!」という囃子手の掛け声が聞こえたと思えば、秩父神社のすぐそばには本町の屋台が曳行されていました。今から秩父神社に向かい、宮参りを行います。

屋台の前方には4名の囃子手と呼ばれる青年たちが乗っています。この囃子手は一生に一度しかなれないことから、大役に抜擢された青年たちは、気合を入れてこの日に臨んでいます。

秩父神社の神門の目の前に屋台をつけて、宮参りを行います。

宮参りの最後に、屋台の上で曳き踊りが披露されます。

踊りを披露している間、他の町の屋台も入ってきます。こうして、次々に各町が宮参りをしていきます。

秩父夜祭の屋台曳き回しの中でも特に迫力の瞬間が「ギリ回し」と呼ばれる、屋台の方向転換。数十人の大人が力一杯にギリ回しをする様子は迫力満点です。

屋台の中で演奏されている屋台囃子の大太鼓が止み、小太鼓だけの音になったと思えば、巨大な“てこ棒”を使って、屋台を傾けます。

“てこ棒”で屋台を傾けた様子がこちら。「ギシギシッ!」と、屋台が軋む音が響きます!この傾けた状態で、屋台の中心に回転台を差し込み、傾きを直したのちに、数十人で屋台を回転させます。

回転する際も、「ギシギシ!」と屋台が軋みます!無事回転が終わると、先ほどと同じように“てこ棒”を使って、屋台を傾け、回転台を取り外し、方向転換が終了します。

10トン以上ある屋台が「ギリ回し」した後の痕跡がこちら。コンクリートにもしっかりと跡が残っています。

昼の間、先ほどの「ギリ回し」による方向転換をしながら、4基の屋台は秩父の街中を曳き廻されます。

曳き回しの途中、屋台を止めて披露される「曳き踊り」も見どころの一つです。地元の子どもたちによる神楽が披露されます。

街の各所で屋台を止め、神楽を披露する「曳き踊り」。

16時を回り、あたりが少しずつ暗くなり始める頃、各町の屋台は会所前でぼんぼりや提灯をつけ始めます。

明かりを灯した屋台は昼の姿から一変、幻想的な姿を見せてくれます。

18時頃より屋台4基が改めて曳き廻され始めます。熱気がさらに増す夜の曳き回しがスタートです。

囃子手は扇子から提灯に持ち変え、祭りを盛り上げていきます。

見どころの一つ、屋台のすれ違い。巨大な屋台が、ギリギリの距離ですれ違う様子が見られます!この瞬間は囃子手達も一層熱気が高まるように見えますね。

夜も「ギリ回し」は行われます。

時刻は20時をまわり、この日の曳き回しは終了。各町の屋台は屋台蔵へ収納され、翌日の本宮を待ちます。

笠鉾・屋台、歌舞伎、花火…見どころが数え切れない12月3日の本宮

明ける12月3日は祭りの本番とも言える本宮。国指定重要有形民俗文化財「笠鉾・屋台」の曳き回しのほか、屋台歌舞伎、豪華スターマインの花火など、この日は一日中見どころがたっぷりです。

早朝、朝8時半頃には秩父神社内に屋台蔵をもつ本町の屋台が曳き回しに出発。寒空の下、屋台囃子が早朝から鳴り響き、本宮の始まりを告げるようです。

秩父神社には、この日行われる御神幸(ごしんこう)行列の先頭を進む御神馬(ごしんば)が奉納されています。

10時半からは、秩父神社本殿において、例祭が行われます。神様へ感謝の誠を捧げるために、大勢の参列者を迎えて厳粛に執り行われます。

秩父夜祭本宮の見どころの一つに、「屋台歌舞伎」があります。これは、その年の当番屋台町会が実施するもので、今年は本町が担当。屋台の両端に張り出し舞台を作り歌舞伎を演じます。

秩父神社の境内に屋台を止め、張り出し舞台の準備をおこないます。

徐々に仕上がっていく舞台。元々の屋台の姿がだんだん想像できなくなるほど、変形し始めていますね。

昼前には、舞台が完成!街中を曳き廻されていた屋台とは思えないほど、豪華な舞台が出来上がっていました。この舞台で、本町の屋台歌舞伎「白浪五人男」が披露されます。

13時を少し回った頃に演目がスタート。最初の挨拶には地元の小学生が登場。愛らしい挨拶で観客を沸かせます!

次いで「白浪五人男」の本編がスタート。本町のメンバーがそれぞれ、順番に見得を切っていく姿が見ものです。

一度演者が見得を切れば、観客席からは大量のおひねりが。

祭りはクライマックスへ。御神幸行列と共に笠鉾・屋台が急勾配の団子坂を上がる!

秩父夜祭はその名の通り、夜が本番の祭り。夜になり、より一層冷え込む秩父に、豪華な笠鉾・屋台が曳き廻され、屋台囃子が鳴り響き、秩父夜祭はいよいよクライマックスへ。
18時頃から、秩父神社を神輿1基、御神馬2頭をはじめとする、御神幸行列が御旅所に向けて出発します。
もともと、秩父夜祭は秩父神社に祀られる「妙見菩薩」と武甲山にいる「龍神」が年に一度、逢い引きをする祭りと言われ、その逢い引きの場所が「御旅所」となります。
その「御旅所」に向けて、秩父神社から神様を神輿に乗せて出発するわけですね。

秩父神社を出発した御神幸行列の中の神輿。秩父の街中を進み、御旅所へと向かいます。

19時頃になると、行列に続き中近・下郷の笠鉾2基、宮地・上町・中町・本町の4基の屋台が、それぞれ秩父神社から御旅所に向かい始めます。

より一層、気合の入った「ホーリャイ!ホーリャイ!」という掛け声が聞こえてきます!

最終目的地である御旅所を中心とした祭り広場は多くの人で賑わっています。

また、秩父屋台囃子なども披露され、御神幸行列の到着を待つ観客を沸かせます。

ついに御神幸行列が祭り広場に到着。急勾配の「団子坂」を次々と行列の人々が登ってきます。

御神馬は一気に坂を駆け上ります!

羊山からは花火の打ち上げもスタート。冬の澄んだ夜空に、華麗な花を咲かせながら、笠鉾・屋台の到着を今か今かと、待ちわびます。

20時頃から、各町の笠鉾・屋台が次々と団子坂を上がり、祭り広場に入ってきます。屋台がここまで傾くほど、急勾配の団子坂!笠鉾・屋台を引き上げるために、引き手の威勢のいい声が、祭り広場に響きます!

打ち上がる花火を背景に、笠鉾・屋台が祭り会場に入ってきます。

次々に集まる笠鉾・屋台と花火が華麗にコラボ。これぞ秩父夜祭!と言える、圧巻の光景を目の当たりにできます。

22時頃になると、ようやく全ての町の笠鉾・屋台が祭り広場に集合し、幻想的な光景が見られます。急勾配の団子坂を登り終えた引き手たちもホッと一息つきます。

この時間になると、一般客は立ち入り禁止だった祭り広場にも入れるようになり、勢揃いした笠鉾・屋台を目の前で見ることができます。

その頃、御旅所では厳かに斎場祭と呼ばれる神事が執り行われます。神前では代三宮神楽が奉納され、各屋台では稚児(ちご)による三番叟が演じられます。

24時近く。多くの観客が帰り、祭り広場の人がまばらになり始めたころ、秩父夜祭の隠れた見どころ、団子坂の笠鉾・屋台の引きおろしが始まります。これは、先ほど登ってきた急勾配の団子坂を逆に降りるもので、引き上げとはまた違った迫力のある場面です。

引き下ろしは、笠鉾・屋台にくくりつけた紐を、大人数でもち、体重をかけ、一気に降りないよう調整していきます。この時は、町によっては一般客も参加することができ、みんなで紐を持って体重をかけます。

「(降りるスピードが)速すぎ!速すぎ!」と怒号が飛ぶほど、引き手たちは必死に、笠鉾・屋台を支えます。ものすごい迫力を、目の前で見ることができるのは、まさに隠れた見どころですね!

団子坂を下りきった笠鉾・屋台は、各町の屋台蔵を目指して帰っていきます。

全ての笠鉾・屋台が団子坂を下りきった後、今度は御神幸行列が秩父神社に向かって帰っていきます。

秩父神社に御神幸行列が到着。神輿を本殿の前に安置した頃、時刻はすでに午前3時を回っていました。

静まり返った秩父神社で、厳かな空気の中、神の御霊を返す最後の神事を行い今年の秩父夜祭の幕が静かに下ろされました。

日本三大曳山祭にも数えられ、ユネスコ無形文化遺産にも登録された「秩父夜祭」。冬の厳しい寒さをよそに、秩父の街が熱狂し熱く盛り上がる二日間でした。地響きのような屋台囃子が至る所から聞こえ、豪華絢爛な笠鉾・屋台を間近で見ることができる、とても迫力のある祭りでした!

取材日:2017年12月2日〜3日

出雲伊波比神社の流鏑馬まつりレポート

疾走する馬から少年が矢を射る!「出雲伊波比神社の流鏑馬まつり」

毛呂山町の「出雲伊波比(いずもいわい)神社」で、春と秋に2回開催される「流鏑馬」。秋の「流鏑馬」では15歳前後の少年が馬に乗り、馬場(ばば)※1でさまざまな馬上芸を披露します。「さいたまつり」では、11月2日の祭馬巡行と、11月3日の秋の「流鏑馬」本祭(夕的)に密着。迫力ある祭りの様子をレポートします!

【前日】3つの祭礼地区を約5時間半かけてめぐる祭馬巡行は、「乗り子」や馬を間近で見られるチャンス! 毛呂山町の美しい自然も見どころ!

「流鏑馬」本祭の前日に当たる11月2日は、馬に乗った「乗り子」※2が毛呂山町の3つの祭礼地区を練り歩きながら、「重殿(じゅうどの)行き」、「焼米饗応(やきごめきょうおう)」、「ミタラセ池での口すすぎ」などの祭事を行います。(もちろん、一般の方の見学もOKです!)

13時半ごろに本陣として使われている的宿(まとやど)※3を出発し、戻ってくるのは夕方19時ごろ。約5時間半の一大イベントとなります。

「流鏑馬」の本陣となる的屋(まとやど)には、毛呂本郷集会所が使われます。

早朝、「出雲伊波比神社」の参道に、神様が訪れたことを表す大きな幟旗(のぼりばた)が立てられます。

巡行前、「乗り子」と彼らをサポートする「矢取り」※4という年配者が、的宿から走って毛呂川に向かい禊(みそぎ)を行います。川に到着すると一礼して、祭りの成功を祈願します。

その頃、的宿では「乗り子」が乗る馬の支度が始まります。

禊から戻り、陣笠、陣羽織をまとった3地区の「乗り子」がそろいました。いよいよ、祭馬巡行(さいばじゅんこう)がスタート!

一の馬である第一祭礼区(2017年は毛呂本郷地区)の馬を先頭に、二の馬、三の馬と続きます。

「乗り子」のサポートや馬の世話をしているのが「口取り」※5と呼ばれる若者たち。「ホイホイ!」という威勢のよい掛け声をかけながら、「乗り子」が乗った馬を先導します。

的宿を出発した一行が、最初に向かう場所が「重殿淵(じゅうどのぶち)」。これを「重殿(じゅうどの)行き」といいます。その昔、出雲伊波比神社のふもとにある「ミタラセ池」に落とした“ひしゃく”が流れ着いたといわれる神聖な場所です。

「重殿淵」では、「矢取り」から受け取った“ひしゃく”の水で、「口取り」が馬の口をすすぎます。

例年雨に降られることも多いという、この「重殿行き」。この年は穏やかな晴天に恵まれました。

祭馬巡行中に見られる美しい景色や昔ながらの家屋も、みどころです。

次に訪れたのが「重殿淵」がある、前久保地区(三の馬の祭礼区)の「前久保集会所」。ここで「乗り子」たちは、「焼米饗応(やきごめきょうおう)」という伝統的な接待を受けます。温かく迎え入れられる「乗り子」たち。緊張がほぐれたのか、笑顔を見せるひと幕も見られました。

焼米とは、蒸した米に大豆などを混ぜて合わせたもの。合戦時の非常食だったといわれています。朝5時から前久保地区で作られた焼米は、その場にいた見物客にも“縁起もの”として、ふるまわれました。お米や豆の風味がしっかり感じられる、深い味わいでした!

続いて「ミタラセ池」で馬の口をすすぎ、最後の目的地である「出雲伊波比神社」へ向かいます。

出雲伊波比神社では、「神職家饗応(きょうおう)」と呼ばれる神職家による接待が行われます。饗応※6が終わると、「乗り子」たちは的宿へ戻ります。深夜の的宿では、本祭で撒かれる“餅”をつく「追出の餅つき」などの行事を行い、本祭に備えます。

前日の祭馬巡行は、本祭に比べ長い時間、しかも間近で「乗り子」や馬を見ることができます。沿道では子どもから年配の方まで多くの観客が声援を送っており、「乗り子」たちもその声援に応えるべく、ところどころ足を止めて一緒に記念撮影をしたり、馬をさわらせたりしていました。一日密着してみて、地元の方への感謝の気持ちが強くあふれた祭りだなと、感じました。

さて!続きまして、いよいよ本祭のレポートです!

【本祭】いよいよ「流鏑馬」本番! 「乗り子」たちが見せる美しい馬上芸の数々に、場内も拍手喝采!

11月3日は「流鏑馬」本祭です。この日は午前中に「朝的(あさまとう)」、午後に「夕的(ゆうまとう)」が開催されます。218mの馬場を舞台に、馬にまたがった「乗り子」たちが颯爽と観客の前を駆け抜けたり、さまざまな馬上芸を見せたりする姿は一見の価値ありです!

「流鏑馬」の会場となる「出雲伊波比神社」。本殿は、国の重要文化財に指定されています。

神社西側に設置された馬場。ここで「朝的」、「夕的」が行われます。

午前9時、「朝的」が始まります。まずは「口取り」が、馬場を走り抜けます。各祭礼区で異なる衣装も見どころです。

続いて「乗り子」が、ゆっくりと馬場を往復してお披露目する「陣道(じんみち)」が行われます。「乗り子」が登場すると、見物客から「おー!」と歓声があがります。

背中には、祭礼区の一、二、三の文字が入っています。「陣道」が終わると「乗り子」は陣笠と陣羽織を脱いで、的を射る準備に入ります。

「朝的」は板ではなく、藁の的が使われます。

そして、一の馬から順に矢を放つ「矢的(やまとう)」が1回行われます。

「矢的」が終わると、走る馬にまたがったまま両手で“ムチ”を高く掲げる「ムチ」という馬上芸が披露されます。

「朝的」が終わると、馬場に板の的を奉納する「的更(まとか)えの儀」が行われます。

同時に境内では、合戦時の陣を再現したといわれる「野陣(のじん)の儀」が始まります。ここで「乗り子」と「矢取り」は、神官から御神酒や柿の饗応を受けます。

まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような「野陣の儀」。シャッターチャンスです!

「野陣の儀」が終わると、「乗り子」たちは、的屋に戻ります。的宿では、「夕的」に備え「乗り子」の衣装替えや、馬の準備などで大忙しです。

色鮮やかな「夕的」の正装に着替えた「乗り子」たち。こちらもぜひカメラで抑えたいところ。左から一、二、三と並んでいて、白が源氏、紫が藤原氏、赤が平氏を表しているとも言われています。花笠をかぶり、背中に母衣(ほろ)※7を背負います。

時刻は14時少し前、「夕的」に向けて「いざ、出陣」です!

本祭のお楽しみの1つ「出陣の餅投げ」。本陣のすぐ前の屋敷から、出陣を祝して餅がふるまわれます。

出雲伊波比神社に到着すると、まずは、「夕的」の陣道(じんみち)が行われます。

「朝的」とは打って変わって、美しい衣装をまとった「乗り子」に会場からも歓喜の声が!

ここから「夕的」がスタートです! まずは、リーダーである一の馬のみが一の的に矢を放つ「願的(がんまとう)」、続いて一の馬から順に3つの的を射る「矢的(やまとう)」が3回ずつ行われます。

勢いよく走る馬に乗ったまま、的めがけて矢を放ちます!観客も、「がんばれ‼」と大声援を送ります。

「乗り子」が息を整え、「口取り」のサポートのもと馬場に出ます。勢いのあるこの瞬間も迫力満点で、気分が高揚します!

見事に的に矢を命中させると、場内が大きな拍手に包まれます!

馬場を走り抜けると、待っている「口取り」に先導され、神社内から馬場の先頭へゆっくりと戻っていきます。「乗り子」と「口取り」が馬の状態を確認しあいながら、次の芸に備えます。

馬場に戻ってくるまでの少しの時間、場内は一瞬の静けさに包まれます。「乗り子」の登場を今か今かと待ちながら、ちょっとした緊張感も味わえます。

「矢的」に続き、“扇子”や“ノロシ”、“ムチ”を使った芸や、“ミカン”や“餅”を投げる芸など、「夕的」ならではのさまざまな馬上芸で見物客を楽しませてくれます。

口に扇子をくわえながら、両手に持った2本をパッと開く「扇子」

両手に持った色紙をなびかせながら馬を走らせる「ノロシ」

「朝的」に続き、「夕的」でも「ムチ」が行われます。

実は「矢的」が終わると、馬場の的側にも入ることができるんです。見物客が多く、遠くから見ていた人も間近で見るチャンス。馬が駆け抜ける時の風を感じることができます。

続いて衣装の胸部にしまわれた「ミカン」と「餅」投げ。毎年大人気です。

“餅”には当たりくじがついています。「乗り子」が去った後、我こそはと“餅”が散らばった馬場めがけて、争奪戦が繰り広げられます。(※この馬上芸の後のみ、馬場へ入ることが許可されています。)

この「夕的」をもって「流鏑馬」は終了となります。「乗り子」たちは、鳴りやまない拍手の中、馬場を後にし、的屋に戻っていきます。

15歳前後の「乗り子」による美しい馬上芸が楽しめる秋の「流鏑馬」。一度訪れてみたら、きっとその雄姿のとりこになってしまうことでしょう。もちろん、前日の祭馬巡行を見に行くもよし、本祭の「流鏑馬」を応援するもよし、楽しみ方はいろいろ。約950年続く、毛呂山町の伝統的なこのお祭りを、ぜひその目におさめてみませんか。

取材:2017年11月2日~3日

※1:馬場=馬を走らせながら「乗り子」が「流鏑馬」などを披露する218mの走行路。

※2:乗り子=「流鏑馬」の射手のこと。

※3:的宿=秋の「流鏑馬」にて中心となる宿。

※4:矢取り=祭りの前日から「乗り子」を世話するために付添う年配者。

※5:口取り=主に馬を扱う若者たち。「乗り子」とともに「流鏑馬」までの準備期間を過ごし、「乗り子」が最後まで無事に流鏑馬が務められるよう行事を支えている。

※6:饗応(きょうおう)=酒や食事などを出してもてなすこと。

※7:母衣(ほろ)=背後から飛んで来る敵の矢を防ぐためのものといわれている。

北本まつり「宵まつり」レポート

北本の中心地をジャック!年に一度の市民の祭り

勇壮なねぷたと囃子山車が北本市内のメインストリートを巡行する「北本ねぷた」。弘前ねぷたにルーツを持ちながらも、北本に根付く文化との融合で生まれた独特の華やかさが特徴
の祭りで、毎年多くの来場者が訪れている関東最大級のねぷた祭りです。

さいたまつりは、2019年11月2日(土)に行われた北本まつり「宵まつり」に密着取材。お囃子の音色とともに秋の夜を華やかに彩るねぷたをレポートします!

華やかなパレードから祭りはスタート!ご当地グルメにも舌鼓

JR高崎線「北本」駅西口のロータリーから真っすぐ伸びる、北本西中央通りが北本まつりの会場。約900mにも及ぶ大通りをめいっぱい使って行われるさまざまな催しは昼間から始まります。

午後2時、オープニングパレードがスタート。メインイベントであるねぷたの登場は夕方からですが、沿道にはすでに北本まつりを楽しみにしている人でいっぱいです。

会場では、よさこいソーランなど市民団体によるパフォーマンスが披露され、街を賑わせます。

北本のよさこいチーム「北桜連」の旗士はなんと高校生!先頭で堂々と大旗を振る姿に沿道からも大きな拍手が沸き起こります。

駅前では、北本市内の飲食店を中心とした北本グルメ販売ブースも出店。祭りで味わう地元の味は思い出に残りますね。

北本市商工会が特別出店している「トマトもつ煮」。地元の名産のトマトを使ったもつ煮でトマトの味が濃く、甘味と酸味がもつの旨味を引き立てます。絶品!

北本市観光協会が販売する北本トマトカレーも。レトルトパックになっているので北本まつりのお土産にもぴったりです。北本トマトイメージキャラクターの「とまちゃん」のグッズや北本ねぷたグッズも販売していました。

日が落ちかけてきた午後4時頃。西中央通りが催し物で賑わっている間にも、ねぷたや囃子山車が少しずつ姿を見せ始めました。今年で26回目を迎える関東最大級のねぷた祭りがいよいよ始まります!

7つの町会が共演!北本に伝わる祭り囃子から宵まつりがスタート

歩行者天国の中央に大小さまざまな太鼓が並べられ、「北本太鼓 かばざくら」による重厚な和太鼓の音が鳴り響くと、会場の空気が一気に変わり、待ちに待った宵まつりがスタートします。

午後6時、実行委員会によるスタートの合図を皮切りに、西口ロータリーでは7町会の囃子連が一斉に笛太鼓を鳴らし始めました。水引幕や提灯、花で飾られた山車はとても華やか。見ているだけで気分が高まってきます。

どの連もお囃子だけではなく、ひょっとこや白狐、獅子舞などが囃子山車の前に出て踊り、観客を楽しませます。

関係者の方によると、各地域・各連で受け継いできたものを持ち寄っているため、それぞれ踊りが違い、また演奏している曲目も連によって違うんだとか。

宵まつりのオープニングを飾るお囃子の共演を終え、囃子山車が動き始めました。これから西中央通りをねぷたとともに巡行します。

北本ならではの工夫も……ねぷたが街をひとつにする

西中央通りの奥のほうから、巡行するねぷたの姿が見えてきました。

ねぷたの鏡絵の多くは、戦国武将の活躍や、中国の三国志、水滸伝などを題材に描かれます。表情や身構えだけでなく、視線の先にまで迫力が感じられます。

北本ねぷた絵師会の方々が先日インタビューの際に描いていた弁慶と牛若丸のねぷたがやってきました。烏天狗を交え睨み合う三者の視線が見事な三角形を描き、構図にバランスを保たせています。そして夜空に映えるねぷたのメインカラーの赤、画を引き締める差し色の黄が迫力を際立たせます。近くで見ると、勇ましさの中にも細部まで緻密に描かれている筆使いが分かり感動します。

表面となる鏡絵の鬼気迫る弁慶に対して、裏面の見送り絵には剣を持って可憐に踊る牛若丸が描かれます。表と裏で描かれる「静と動」の対照もまた、ねぷたの見どころのひとつです。

北本トマトイメージキャラクター「とまちゃん」をあしらった東地域コミュニティ委員会のねぷた。微笑むとまちゃんのねぷたは北本ならでは。「肩」と呼ばれる扇の横面の図柄も、トマトの赤とヘタの緑のように見えます。

そして、北本ねぷたといえば、弘前ねぷた譲りの「ヤーヤドー」という掛け声とねぷた囃子が見どころ。ねぷたの後に続いて巡行する大きな締太鼓を長撥で叩き、笛と鉦がその調子に合わせます。ねぷた囃子の情緒的な調子には、駅前で見た賑やかな祭囃子とはまた違った美しさがあります。

宵まつりは弘前ねぷたに倣って始まったものですが、現在では北本ねぷたでしか見られない工夫も随所に盛り込まれています。

たとえば、「開き」と呼ばれる、格子になった台座の部分。弘前ねぷたには牡丹の花が描かれることが通例ですが、北本では市の花である菊が多く描かれています。

弘前から指導に来た絵師の方に「地元の文化を取り入れて北本ならではのねぷたを作ってほしい」とアドバイスを受けたことをきっかけに、北本独自のモチーフを取り入れるようになったのだとか

こちらは桜ねぷた。北本ねぷたの多くは扇形の扇ねぷたですが、桜が北本市の木であることから、桜の花の形に作られています。

小さな子供にも親しみやすいアニメねぷたもありました

こちらは国際交流ラウンジ委員会の、地球の形をしたねぷた。ビートルズの楽曲を流しながらやってくる地球ねぷたに会場の雰囲気も和みます。

これらのねぷたは、ルーツである弘前ねぷたにはないものです。北本ねぷたは、もともと北本の地域コミュニティ育成を目的に始められたからこそ、市民がそれぞれのスタイルで一緒に楽しんでいるのですね。

群馬県太田市の尾島ねぷたまつりから「上州ねぷた会」も参戦。「馬乗り太鼓」を叩く女性の凛々しい姿に圧倒されます。

北本と弘前、そして太田。ねぷたを通じて市内だけでなく、市外の人々ともつながりが広がっていることが伝わりました。北本まつりは市民の枠を超えた祭りへと成長しつつあります。

午後8時、閉会宣言をもって宵まつりが幕を下ろしました。互いのねぷたを称え合い、労をねぎらいながら山車やねぷたが徐々に会場を後にしていきます。お囃子も止み、人々のざわつきが祭りの余韻を感じさせます。誰もが後ろ髪を引かれつつ、一人、また一人と帰路につき、北本の夜が更けていきました。

北本まつり「宵まつり」は新しいねぷたを披露するため、半年前から準備が始められるといいます。またあの勇壮なねぷたの数々を見られることが楽しみですね。この迫力と感動は間近で見てこそのもの。来年はぜひ皆さんも北本へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

本庄まつりレポート

明治初期の豪華絢爛な山車が登場!「本庄まつり」レポート

毎年11月に本庄市で行われる「本庄まつり」。中山道本庄宿の金鑚(かなさな)神社例大祭の附祭り(つけまつり)として江戸時代に始まりました。この祭りの特徴は中山道でもっとも古い歴史を持つ山車の数々。
明治初期に作られた豪華絢爛な美しい山車が、本庄の街で曳き回されます。

さいたまつりでは2019年本庄まつりの2日目に密着取材を行いました。
中山道でも有数な豪華な山車の姿を、余すことなくお伝えいたします!

豪華絢爛な山車が金鑚(かなさな)神社に集結

本庄まつり2日目のスタートは本庄宿の総鎮守である「金鑚(かなさな)神社」からスタート。午前11:00過ぎ、金鑚神社前には、すでに各町の山車が集結し、それぞれの町がお囃子を奏でながら、昼から始まる御神幸祭(ごしんこうさい)を待ちます。

本庄まつりは、この金鑚神社の例大祭の附まつりが起源。山車の巡行を含む全ての行事はここからスタートします。

神社の前の通りにズラリと並んだ各町の煌びやかな山車。今回は令和初の本庄まつりということもあり、各町の山車には「奉祝 天皇陛下御即位」の幕が飾られ、より一層華やかに祭りの“めでたさ”を演出していました。

本庄まつりの特徴である豪華な山車。明治初期に作られた歴史ある山車も、丁寧に修復され、煌びやかな光を放っています。

山車の上では、子どもたちが元気にお囃子を奏で、祭りの始まりを盛り上げます。

金鑚神社の境内では、2日目の山車巡行のスタートにあたる「御神幸祭(ごしんこうさい)」の準備が進められています。

12:10頃から始まった神事。金鑚神社を出発する神輿に向かって祝詞を読み上げたり、神社に祀られている御霊を神輿に乗せたりと、厳かな空気の中執り行われます。

神事が一通り終わったら、いよいよ神輿の担ぎ出しです。

神社の入り口に祭り関係者が集合すると、金鑚神社に祀られている御霊を乗せた神輿をはじめ、各町の山車が整列して本庄の街中を進行する御神幸祭がスタートします。

金鑚神社の神主さんを先頭に、ゆっくりと御神幸祭の行列が続きます。

雅楽が奏でられる中、御霊を乗せた神輿が進み、それに続いて各町の山車が動き出していきます。

すでに露店で賑わっている街の通りを、堂々と進む山車の姿は見事な迫力です。

お囃子を奏でる子どもたちも笑顔にあふれ、楽しそうに祭りを活気づけます。

この後、御神幸祭の行列は本庄の街中を練り歩き、各町の会所などを巡った後に、駅前通りに移動していきます。

駅前通りを10基の山車が勇壮な姿で巡行!令和元年のスペシャル企画ドローン撮影も

昼間の最大の見どころは、14:30頃から行われる駅前通りの山車巡行です。本庄駅から北に伸びる駅前通りに、綺麗に整列した山車を一挙に見れます。

駅前通りには道路を挟んだ電線がないため、路地を巡行している時には姿を見せなかった山車人形が、頂上に現れます。

集まる各町の山車のボルテージも最高潮!太鼓の叩き手は、身を乗り出して威勢良く掛け声をあげます。

山車の周りでは、引き手たちが扇子を振ってお囃子の叩き手を煽り、場を盛り上げていきます。

そうこうしているうちに、各町の山車が集合。全ての山車の上に人形が飾られ、高さ6メートル近くになった豪華な山車がずらっと整列します。
一直線に並んだ山車の姿は、まさに圧巻。集まった観客の目を釘付けにしていました。

そして令和元年の限定企画、ドローンを使った山車揃え撮影。さいたまつりインタビューでお話を伺った猪野さんのアイデアで実現する、今年ならではの取り組みです。

>猪野さんのインタビュー記事はこちら

大空に舞い上がったドローン。上空からはどのような姿が映し出されているのでしょうか。

上空のドローンに大人も子どもも大興奮!

企画を発案した猪野さんも、上空に向かって思わず手を振ります。

「100年後にもこのまつりの様子を残したい」そんな想いで今回のドローン撮影を行った猪野さん。長きにわたって、今回の写真が語り継がれていくと良いですね!

夜の山車の勢揃いはクライマックスにふさわしい大迫力の瞬間!

2日間にわたる本庄まつりもいよいよクライマックスに向かいます。陽が落ちた頃から、各町の山車の提灯には明かりが灯され、幻想的な姿に変わっていきます。

昼には太陽の光で煌びやかに輝いていた山車も、夜は提灯の暖かい明かりで幻想的に輝きます。

お囃子の叩き手も、明かりの下で一層賑やかに演奏をしています。

本庄まつりのクライマックスは、19:00頃から「はにぽんプラザ」で行われる山車勢揃いです。街中を練り歩いていた山車が、一斉にはにぽんプラザに集結し、お囃子の叩きあいなどを披露します。

散り散りになっていた山車が、山車勢揃いに向けてはにぽんプラザに集まり始めます。

すでに多くの観客が詰めかけているはにぽんプラザ。集まった人を搔きわけるように、山車が整列していきます。

集まった山車の上には再び山車人形が登場し、完全な姿で最後の山車揃えを待ちます。

19:30には全ての町の山車が集合!本庄まつりといえばこの景色、といわんばかりの圧巻の様子が会場に広がります。

幻想的な明かりに包まれた山車が並ぶ様子を間近でみられるのは、本庄まつりの醍醐味です。

全ての山車が揃ったところで、フィナーレのセレモニーがスタート。本庄市の市長や関係者の挨拶が行われます。

最後に纏(まとい)振りが披露されたのち、セレモニーが終了。

改めて各町がお囃子を奏で始め、最後の叩き合いが始まります。

山車たちがゆっくりとはにぽんプラザを後にし、各町へ戻っていきます。

いくつかの山車が向き合って、叩きあいを披露する場面も!
今年の本庄まつりを名残惜しむかのように、最後の力を振り絞って、今日一番の迫力の叩きあいを披露してくれました。

2日間に渡る本庄まつり。今回は2日目に密着させていただきました。
中山道でもっとも古い歴史をもつ祭りの一つと言われ、明治初期から大切に扱われてきた山車の迫力は、すばらしいものでした。
また、子どもや若い方の参加も非常に多く、活気溢れる祭りという印象があり、伝統を守り、永く受け継がれていくことを願う、そんな人たちの想いが本庄まつりの魅力を生み出しているように感じました。

画像提供:シェイクハンド株式会社

飯能まつりレポート

踊る“外道”に“天狐と蜘蛛の糸”! 市内11基ある山車競演は圧巻!

毎年11月に開催される飯能まつり。今年(2018年)で48回目の開催を迎えた歴史ある祭りです。この祭りの見どころは、1日目の「底抜け屋台」と呼ばれる珍しい屋台と、2日目の絢爛豪華な山車の競演です。さいたまつりでは、2018年の「飯能まつり」の様子を取材。現地に行ったら押えておきたいポイントなどをレポートします。

飯能まつりの名物と言えば「底抜け屋台」と、「絢爛豪華な山車」!

ここでまず「飯能まつり」に欠かせない屋台と山車についてご紹介します。まず1日目に登場するのが「底抜け屋台」です。17時~20時半にこの「底抜け屋台」がお祭り会場を曳き回されます。「底抜け屋台」とは、屋台の床板が貼られていない珍しいタイプの屋台で、大きな太鼓で祇園囃子(ぎおんばやし)を奏でながら、屋台の動きに合わせて中の囃手も歩くスタイルで巡行します。

特にこの「底抜け屋台」で押えておくべきなのが、1日目の20時~銀座通りで行われる「底抜け屋台の引き合わせ」です。これは1日目のクライマックス行事で、通りに11台の「底抜け屋台」がずらりと並び、力いっぱいお囃子を叩き合う姿は必見。なお「底抜け屋台」が見られるのは1日目だけなので、注意が必要です。

2日目にはいよいよ絢爛豪華な11台の山車が登場します。12時~20時頃までお祭り会場を曳き回されているので、昼や夕暮れ、夜などの時間帯によって異なる印象を楽しむのがおすすめです。ここではいくつか山車の見どころをご紹介します。

各山車は、町内ごとにカラーが異なります。こちらは鮮やかな赤を基調とした「二丁目」の山車。お囃子に合わせ、山車の下で扇子を持って呼応する女性たちの衣装や扇子の色も山車とそろっていて綺麗ですね。

こちらは青を基調とした「双柳」の山車。青と白のコントラストが爽やかです。

また山車の舞台上では様々な舞手が順繰りに登場し、お囃子を盛り上げます。特に「飯能まつり」の特徴といえば、鬼の形相をした「外道(げどう)」です。「外道」の力強くもどことなくユニークな舞は必見です。

各山車の見事な彫刻もぜひ押えておきたいところ。「宮本町」の山車は大正14年に作られたもので、正面には名工・佐藤光重による見事な鳳凰の彫刻が施されています。

日本神話「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」を乗せた「江戸型人形山車※1」というタイプの山車もあります。保有しているのは「河原町」で、飯能市の有形民俗文化財に指定されています。

全山車がそろう「山車総覧」では名物「天狐と蜘蛛の糸」も!

2日間にわたり開催される「飯能まつり」。初めて訪れるなら、絢爛豪華な山車が巡行する2日目はぜひ押さえておきたいところです。特に、日中に行われる「山車総覧」と続く「引き合わせ」は必見です。また明るいうちに山車ごとに異なる荘厳な彫刻もチェックしてくださいね。

こちらは当番町である「本郷」の山車巡行の様子です。取材当日は、朝からあいにくの小雨模様でしたが、雨にも負けず山車の曳き回しは決行されました。

山車の先頭には、鮮やかな衣装を身にまとった女の子たちの姿が。手古舞(てこまい)と呼ばれ、山車を先導する役目を担います。

2日目の昼に必ず見ておきたいのが、14時40分から飯能駅北口の駅前通りと中央通りが交わる「東町交差点」行われる「山車総覧」です。「山車総覧」に続いて、第1回の「引き合わせ」も行われます。昼の引き合わせはこの回のみで、残りの1回は、暗くなってからの19時40分から行われます。

東町交差点の4つ角に11基の山車が一同に会し、「山車総覧」が披露されます。豪華な山車が一堂に会してお囃子を競演する姿は圧巻です。

「引き合わせ」では、各町内会が工夫を凝らした演技を繰り広げます。「前田町」の山車の上では“天狐と蜘蛛の糸”が披露されました!

「ソーレ、ソーレ!」とお囃子に呼応する「扇子の舞」は大変美しく、盛り上がります。女性たちの衣装も町内ごとに色が異なるので、ぜひ見比べてみてください。

「山車総覧」と「引き合わせ」は歴史ある山車の数々を身近で見られるチャンスです。なかでも個性的な舞手には注目です。

商いの神として知られる“えびす様”や、

真っ赤な衣装をまとい一際目立つ“赤い狐”の姿や、

「飯能まつり」の名物“外道”がダブルで登場するなど、見物客を楽しませる工夫が随所に感じられました。

「山車総覧」と「引き合わせ」が終わると各山車は解散し、引き続きお祭り会場内を巡行します。

お祭りの合間にちょっと足を延ばして…

お祭り会場からちょっと足を延ばすと、約5分(飯能駅から徒歩15分)ほどで、「飯能河原」に到着します。キャンプやバーベキューで有名な「飯能河原」ですが、この時期は河原にかかる「割岩橋」をライトアップしています。

山車の曳き手が休憩している間、飯能グルメを味わいながら河原まで足を延ばしてみるのもいいですね。おすすめ飯能スポットはこちら

幻想的な雰囲気の中、グランドフィナーレの「夜の引き合わせ」は必見!

日が暮れると、各山車の提灯の明かりがともり、より幻想的な雰囲気を醸し出します。「夜の引き合わせ」が始まるまで、この絢爛豪華な山車は会場内の各通りを巡行しています。

人形を乗せた江戸型人形山車は、全長が信号機を超えるので、近くでみるとその高さに圧倒されます。

19時40分から開催されるのが、2回目の「引き合わせ」です。駅前通りに11基の山車が集合し、フィナーレとなります。提灯も灯り、昼とはまた違う趣ある競演が楽しめます。

夜の「引き合わせ」のため、続々と各町内の山車が駅前通りに集まってきます。

駅前通りの片側に横並びで11基が整列します。

当番町の本郷の合図とともに、夜の「引き合わせ」がスタート!幻想的な雰囲気の中、会場全体にお囃子の音がこだまします。


フィナーレでもたくさんの舞手が登場します。踊る“カッパ”に、

噛んでもらうとご利益がありそうな“金の獅子”もお目見えしました。

引き合わせの終盤に“天狐と蜘蛛の糸”が披露されると、大歓声が!蜘蛛の糸を手に仕込んでいる舞手を見つけたら、シャッターチャンスです!

夜の「引き合わせ」は20分ほど。時間はあっという間に過ぎ、それぞれの町内会が挨拶をしあって帰路につきました。これにて2日間にわたって開催された「飯能まつり」は終了です。

今年で48回目を迎えた「飯能まつり」。伝統の屋台や山車の競演から、他では見られないユニークな“天狐と蜘蛛の糸”や“外道”など、見どころいっぱいのお祭りでした。ぜひ次回の「飯能まつり」を堪能してみてはいかがでしょうか。

※1 江戸の山王祭・神田祭を中心とした祭礼において曳き回されていた山車のことで、上部に人形(御神像)を乗せている。「川越まつり」などでもこのタイプの山車が見られる。

入間万燈まつりレポート

市民中心のアットホームな祭り「入間万燈まつり」

入間市で毎年10月末に2日間にわたって行われる「入間万燈まつり」。この祭りは、市民と行政が手を取り合い、一緒になって作る祭りとして知られ、その連携については、さいたまつりでもインタビュー記事でお伝えしました。
今回は、2019年に行われた入間万燈まつりの魅力を、ギュッと濃縮したレポートをお届けします!

市民が中心となって出店する露店に多くの人が集まる入間万燈まつり(初日)

入間万燈まつりは、西武池袋線「入間市駅」から10分ほど歩いた、入間市産業文化センター付近で開催されます。オープニングセレモニーなどのメインイベントも、産業文化センターすぐ近くの「産文前交差点」で行われ、あたりはお祭りムード一色で賑わいを見せます。

13:00を回った頃、関係者の挨拶を経て祝い開きが行われます。

入間市のマスコットキャラクター「いるティー」も駆けつけ、祭りを盛り上げます!

関係者や集まった市民の大きな掛け声とともに祝い開きが行われ、今年の入間万燈まつりがスタートしました!

産文前交差点に集まっていた山車の上では、入間市無形民俗文化財の「高倉祇園太鼓」が奏でられ、華々しく祭りの始まりを盛り上げます。

祭りが始まったばかりだというのに、歩行者天国となった祭りの中心部「けやき通り」は、多くの人であふれ、活気を見せています。

来場者の楽しみの1つは、入間万燈まつりの露店。300を超える露店のうち、約240店舗が市民による出店です。値段の安さやお店のバラエティの豊富さが特徴で、どこのお店に立ち寄ろう…と目移りしてしまうほどです。

けやき通りの他に、茶の花通り、ひばり通り、彩の森入間公園にも、市民が出店した露店が所狭しと並びます。

地場産品や地元飲食店の工夫された料理を、安価で気軽に楽しめるのが入間万燈まつりの嬉しいところ。市民が中心となっているからこそ、この祭りでしか楽しめないお店もあります。

また、市民による路上パフォーマンスも盛んに行われ、至る所で人だかりができています。

昼のあいだは、各町の山車がまつり会場内を曳行(えいこう)し、祭りに賑やかさを添えます。

手作りの子ども御輿も担がれ、子どもたちの元気な掛け声と大人の声援が祭りを一層盛り上げます。

まつり会場の各所では、様々な催し物が披露され、入間市民活躍の場にもなっています。

産文前交差点では、入間市と姉妹都市である新潟県佐渡市の「佐渡小獅子舞」が披露され、迫力満点の舞と太鼓の音が鳴り響きました。

また、相撲のまちを謳っている入間市ならではの催し物として「わんぱく力士土俵入り」も行われました。子どもの力士が「シコ」を踏むごとに、会場からは「ヨイショー!」と大きな掛け声が上がります。

17:00からは彩の森公園上池にて、入間万燈まつりの象徴の一つでもある「夜のファンタジー」が行われます。

地元の子どもたちが書いた手作りの万燈に火を灯し、陽が落ちた彩の森公園に幻想的な空間が広がります。

SNS映えする撮影スポットとして、多くの来場者が立ち寄り、スマホや手持ちのカメラでこの幻想的な光景を撮影する様子が見受けられました。

夜のファンタジーに明かりが灯った頃、初日のクライマックスを迎えるべく、会場内では、各町の山車や御輿、阿波踊りの蓮などが練り歩く「入間行列」と呼ばれるイベントが行われました。

ひばり通りから産文前交差点に向けて、手古舞の子どもたちが登場。

入間行列の中では老若男女が踊る「阿波踊り」も披露!

子どもたちを乗せた山車も曳かれ、可愛らしくも力強い子どもたちの掛け声が、会場周辺に響き渡ります。

大人たちが担ぐ御輿の上に立ち、堂々と扇子を振る子どもの姿も。

産文前交差点の会場では、入間行列を迎える太鼓も披露され、会場のボルテージを一気に上げていきます。

クライマックスに向けて、各町の山車が集まり始めます。

18:45には各町の山車が産文前交差点に集結し、曳っかわせが行われます。

それぞれの山車で、他に負けじと精一杯お囃子を披露します!集まった山車で奏でられるお囃子の熱気に、産文前交差点の会場は興奮に包まれます。

提灯に明かりを灯した幻想的な山車がずらっと並んだ様子は、SNS映えを狙える最高の瞬間。多くの観客が、この瞬間を写真に収めていました。

そして初日のラストは「入間万燈中締め」。独特なリズムの拍子で手締めが行われ、入間万燈まつりの初日が終了しました。

バラエティに富んだ催し物がたくさんの2日目

最高潮の盛り上がりを見せた入間万燈まつりの初日。翌日は午前9:30から夕方16:00まで、会場の各所で様々な催し物が行われます。

10:00からは、けやき通りにて「おけさ流し」が行われました。「おけさ流し」は、入間市の姉妹都市、新潟県佐渡で踊られている民謡流しです。当日は、入間市と佐渡市の人が入り混じって、音楽に合わせて楽しく踊りを披露していました。

11:40からは祭り会場であるひばり通り、産文センター前、けやき通りにて万燈真都利(まつり)行列として、山車や御輿が堂々と曳行されます。

元気に担がれる神輿も見事。セイヤッ!セイヤッ!と威勢のよい掛け声をあげながら、御輿を担ぐ様子に、観客は大きな声援を送ります。

12:40頃からは産文前交差点の会場で、鳶の梯子乗りが披露されました。抜けるような青い空をバックに、梯子の上で華麗なる演技を魅せます。

鍛錬されたアクロバティックな“決め”が披露されるたびに、観客から大きな歓声が上がっていました。

そうして、徐々に今年の入間万燈まつりもクライマックスに差し掛かっていきます。

産文前交差点には、お囃子を奏でながら各町の山車が集まり始めます。

2日目のクライマックスも盛大な曳っかわせで締めくくります!10基を超える山車の上で精一杯に叩くお囃子が、会場の熱気をどんどん上げていきます。

山車の上にいる狐の踊り手からは蜘蛛の糸が放たれ、「おお!」と集まった観客から大きな歓声が上がりました。

そして時刻は16:00。2日間にわたって開催された入間万燈まつりがフィナーレを迎えます。最後は、入間万燈締め!祭りの参加者も来場者も、みんなで一緒に、盛大な手締めを行いました。

市民と行政が手を取り合って運営している入間万燈まつり。
30万人を超える人出にもかかわらず、出店している露店や担がれている子ども御輿、夜のイルミネーションなど、どことなくあたたかい“手作り感”を感じ、参加者も来場者もとても距離の近い市民まつりでした。

入間市民と行政スタッフによる入間万燈まつり。ぜひ、来年は現地で体験してみてくださいね!

川越まつりレポート

豪華絢爛な山車が趣ある川越の街を練り歩く!「川越まつり」

小江戸川越の蔵造りの街並みを豪華絢爛な山車が巡行する、見どころたっぷりの「川越まつり」。今年は「川越氷川祭の山車行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されて以来、初の開催となりました。毎年90万人を超える人出で、川越の街が盛大に盛り上がる2日間となります。

しかしながら、今年は天気に恵まれず…2日目は終日雨の中おこなわれましたが、それでも祭りの熱気は変わらず、集まった人たちを熱気の渦に巻き込む素晴らしい祭りでした!

今回は、山車組み立てなどが行われる前日から、祭り当日2日間まで、川越まつりの魅力を存分にお伝えするレポートをお届けします!

イチから組み立てられる山車に釘付け!祭り準備が行われる前日

川越まつりの準備は、1週間前から始まります。それがお店や家の前に紅白幕をかける「軒端揃え」。川越の街並みに紅白幕が飾られ、「いよいよ祭りが始まる!」といった空気が流れ始めます。

本格的な準備の一つ、山車の組み立ては前日の金曜日の朝から行われます。今回は、ユネスコ無形文化遺産に登録された山車を2台所有する幸町の山車組み立てを見学しました。

まずは頑丈な車輪が運び込まれます。

重さ2〜3トンを超える山車を支えるだけあって、車輪はとても頑丈な造りになっています。

山車は実に200点以上の部品から作られており、釘を一切使わず組み上げていきます。巨大な山車がこれだけ細かい部品を組み合わせてできているのには驚きですね…

山車の組み立てや曳き回し時の車輪の操作・方向転換などは「職方(しょくかた)」と呼ばれる、大工・鳶職などの職人さんたちが行います。職方が勢いよく声を掛け合って山車を組み立てていきます。

川越まつりの山車の特徴がこの回転台(回り舞台)。曳き回しの途中、他の町の山車と「曳っかわせ(山車を向き合わせて、お囃子を叩き合う)」を行う際、この回転台で舞台を回し、山車を向き合わせます。

このように真正面から向き合うことで、曳っかわせの迫力がより一層増します。

人形が迫り上がる仕掛けをやぐらに組み込んでいきます。江戸時代に城の門をくぐるために人形を上げ下げするエレベーターのような仕組みも、川越まつりの山車の特徴の一つです。

次々に部品が組み立てられ、徐々に豪華絢爛な山車の姿が見えてきますね。

山車の組み立てをしている一方、午前11時から氷川神社にて「笠渡し」と呼ばれる神事が行われます。

各町の代表者に、この笠が一つずつ手渡されていきます。この笠を各町が預かり、山車に神様を宿らせると言われています。

氷川神社の宮司より、祭りの成功を祈っての言葉をいただきます。

夕方になり、各町の祭りの本部になる「会所開き」を行います。会所は神をお迎えする祭り宿です。

提灯が灯された会所。暖かい明かりに包まれます。

会所開きでは、氷川神社の宮司による神事が行われます。

神事の後は、職方の「木遣り(きやり)」と呼ばれる、仕事歌が歌われます。

その後、今年最初のお囃子演奏が披露されます。集まった人々が耳を傾け、静かにお囃子演奏が始まります。

笛・太鼓・鉦の演奏とともに舞も披露され、お囃子が盛り上がりを見せます。

金曜日の前日準備は以上で終了。翌日からの祭りがとても楽しみです!

曳っかわせは必見!熱気に包まれる1日目

祭り当日、1日目は朝10時の交通規制開始と同時に山車巡行がスタート。昨日まで降っていた雨もやみ、無事に曳き廻しができそうです。

職方の力で、会所から山車が出されます。

このように、車輪にバールを引っかけて、職方が車輪の操作を行なっていきます。重さ2〜3tの山車が動くため、ギシギシ!という音とともに、重厚感が伝わってきます…すごい迫力ですね。

川越まつりの山車の特徴の一つ、山車の最上部に飾られた人形。町によってこの最上部にいる人形は異なります。(写真は幸町の「翁」)

通りまで山車を出したら、山車を曳く縄を伸ばします。町内の人が縄に手をかけ、出発を待ちます。

各山車には「宰領(さいりょう)」と呼ばれる運行責任者がいます。宰領が頭上高く拍子木(ひょうしぎ)を「カンッ!カンッ!」と鳴らし、全員の「ソーレー!」の掛け声と共に山車が動き始めます。

軋む車輪の音とともにお囃子の演奏が始まり、勇ましい姿で川越の街を巡行します。

交差点に差し掛かると見どころが訪れます。山車の方向転換です!職方が山車の下にもぐり、ジャッキで山車を持ち上げ、一気に回転させます。

「ギシギシ!」と車輪の軋む音とともに回転する山車の姿は迫力満点!多くの人が足を止めてその姿に見とれていました。

また、他の山車とすれ違うときや、他の町の会所前を通るときには、山車の回り舞台を回転させ、山車同士を向かい合わせてお囃子を披露します。回転台は木のストッパーで固定されており、これを取り外し、くるっと舞台を回します。

舞台を回転させれば、他の町の山車や会所と真正面で向き合うことができます。正面から向き合い、お囃子を叩き合う姿はとても迫力がありますね!

各町が山車を巡行し、一通り街を回り終えたのち、13時30分からは「市役所前の山車巡行」が行われます。市役所前で13〜14基の山車が巡行し、叩き合いなどを見ることができる、1日目の見どころの一つです。

(例年、市役所前の山車巡行は2日目に行われますが、2017年に限り1日目に実施。市役所前を巡行する山車の数は年によって異なります)

各町の山車が一台ずつ、堂々と市役所前を巡行します。山車をじっくり見るには、この「市役所前の山車巡行」がオススメですね。

一台ずつ山車が市役所前に止まり、お囃子を披露。会場では、各町の山車の特徴などがアナウンスされます。

お囃子のお披露目を終えた山車が、他の町の山車と向かい合って「叩き合い(曳っかわせ)」※1を行います。お囃子を競い合い、即興で踊りのコラボを披露するなど、臨場感あふれる姿を見ることができます!

日が落ち、18時頃になると、各町の山車は会所前に待機し、「宵山の山車揃い」として居囃子※2を披露します。昼間の勇ましい姿とは違い、提灯に明かりの灯った山車の姿は、幻想的な雰囲気を作り出しています。

この時間は、各所の混雑も少なく、幻想的な山車と優雅なお囃子をゆっくりと堪能することができます。

また、各町の山車は、随時氷川神社にお参りします。幸町の山車「小狐丸」は、ちょうど「宵山の山車揃い」のタイミングで氷川神社へ向かいました。

氷川神社に向かってお囃子の演奏をします。

拝殿の中で神事を執り行います。

19時を過ぎると各町の山車が一斉に動き始め、巡行を行います。昼とは違う、きらびやかな姿に魅せられてしまいますね。

クライマックスに向けて、交差点では次々に「曳っかわせ」が行われます。交差点などで他の町の山車に出会うと、お互いに舞台を向かい合わせ、お囃子を競い合います。

入り乱れるお囃子とともに、曳き方衆の提灯が乱舞する光景、ものすごい迫力!観客を圧倒します。

「曳っかわせ」は3台、4台と複数の山車で行われることもあり、この瞬間が川越まつりの最高潮の熱気であると言えるでしょう。(写真は「市役所前」交差点)

この日の全ての巡行を終え、人の姿がまばらになり始めた会所に山車が帰ってきます。

1日目から迫力のある姿を次々に魅せてくれる山車、そして鳴り響くお囃子。見どころの詰まった1日目となりました。

雨により残念ながらメインの行事は中止…それでも見ごたえのある川越まつり!

2017年の川越まつり2日目は、あいにくの雨によりメイン行事となる「神幸祭(じんこうさい)」、「市役所前の山車揃い」が中止となってしまいました…
が、祭り自体は行われ、雨の中でも巡行する山車や居囃子で華麗な演奏を見せるお囃子など、見どころのある2日目でした。

川越まつりの朝はとても早く、朝6時から行われる「朝囃子(あさっぱやし)」からスタートします。川越のシンボル「時の鐘」の荘厳な音で朝6時を知らせた瞬間から、お囃子の演奏が始まります。
昨日までの盛り上がりが嘘のような静かな街の中で、お囃子が鳴り響きます。
(朝囃子は1日目、2日目、両日とも行われる)

今年は残念ながら「神幸祭」は行われませんでしたが、氷川神社内の召し立ての儀は氷川神社建物内で執り行われました。

本来行われる予定だった「神幸祭」とは、氷川の神様が神輿に乗って町を巡行することで、その御神徳をいただき、幸福と町の繁栄を祈請するという、現在の山車行事の原型となった伝統儀式

「市役所前の山車揃い」は、13〜14台の山車が市役所を背に整列し、お囃子を演奏するもの。ずらっと一列に山車が並ぶ様は迫力満点でしょうね!
(写真は2016年撮影。山車の数は年によって異なる)

その後、日が沈んでからも雨は止むことはありませんでしたが、一部の町の山車は雨に負けじと山車巡行を行いました。

雨対策をしながらも、巡行を行う山車は、通常時と変わらぬ迫力で存在感を見せつけていました。

この日も夜21時に全ての巡行が終了。あいにくの天気に見舞われつつも、多くの人出の中で熱気溢れる川越まつりを体験することができました。

小江戸と呼ばれる川越を舞台に20基を超える山車が巡行する「川越まつり」。各町の自慢の山車が勇ましく存在感を漂わせ、華麗なお囃子が鳴り響くことで、独特な空気感の祭りとなりました。

来年こそは、晴天に恵まれる川越まつりになるよう期待したいですね!

(取材日:2017年10月13日〜15日)

《注釈》
1、叩き合い(曳っかわせ):山車を向き合わせて、お囃子を叩き合うこと
2、居囃子:会所などで山車を止めたまま、その山車の上でお囃子を演奏すること

ところざわまつりレポート

圧巻の山車共演から市民みんなでボンダンスまで!「ところざわまつり」に密着

毎年10月に行われる所沢の秋の祭り「ところざわまつり」。所沢駅西口から始まるプロぺ通り、昭和通り、ファルマン通り、銀座通り、そして金山町通りまでの長い商店街を使い、10基の山車や神輿が練り歩く大規模なお祭りです。そして何よりも子どもから年配の方まで市民が中心となり、訪れる見物客を楽しませる工夫を凝らしている祭りなのも特徴です。
さいたまつりでは、2018年10月7日(日)に行われた「ところざわまつり」で、メインとなる “山車と神輿行事”を中心に密着取材してきました。ぜひ当日レポートをご覧になりながら、お祭りの雰囲気を味わってみてください。

豪華絢爛な10基の山車や女性が担ぐ神輿など、見どころ盛りだくさん!

「ところざわまつり」は、午前中に鼓笛隊・バトンによるパレードや民踊流し、よさこい鳴子踊りなどから幕を開けます。

地元グルメが楽しめる銀座中央広場の屋台村や元町コミュニティ広場の所沢市観光物産展なども同時にオープンするので、所沢の地ビールや狭山茶スイーツ、地元製麺所のうどんなど名物グルメに舌鼓を打つのもおすすめです。「ところざわまつり」の合間に地元グルメを、堪能してみてはいかがでしょうか。

13時、イオン所沢店の前では、日栄会(商店会)によるオープニングセレモニーが始まります。

日栄会のオープニングセレモニーでは、町内会長による挨拶が行われます。

地元女性を中心に構成された「彩女會(あやめかい)」の太鼓演舞が続きます。

女性ならではの華麗さの中に力強さも感じられます。

太鼓演舞が終わると、彩女會の「ざわ神輿」が「ソーレ!ソーレ!」という掛け声で登場します。神輿の重量はなんと175㎏もあるのだそう。女性の力だけで持ち上げているのだから相当なパワーが必要ですよね。

「ざわ神輿」は、イオン所沢店から所沢プロぺ商店街を通り、所沢駅まで練り歩きます。

その頃、街中では山車の曳き回しや、神輿の練り歩きも行われています。

こちらは「ホイサー!」と威勢の良い掛け声をあげる男性中心の「武州七祭會」の神輿です。

こちらは星の宮会の山車。所沢で生まれた古谷重松氏が興した「重松流(じゅうまりゅう)祭囃子」※1のお囃子に合わせて激しく舞う“天狐”の姿も。

会場の各所では、各町・囃子連による「居ばやし・屋台運行」も行われます。

山車が出合うと、その場で即興の“曳っかわせ”が行われることがあります。

日東山車がお囃子と舞を披露。お囃子のリズムに呼応する扇子の舞も見どころです。

この地域独特の手締め「所沢締め」の最後に「めでてえなあ!」と独特のふりを入れる、日東の独自パフォーマンス。見物客から拍手喝采です!

各町の渾身のお囃子と踊りを堪能!山車3基と神輿の共演

14時から「ところざわまつり」の見どころの1つである山車・神輿の共演が所沢駅西口で行われます。山車3基(旭町・御幸町・日東(日吉町・東町)の山車)と「ざわ神輿」の共演です。

続々と所沢駅の西口に山車が集まってきます。


こちらは明治6年に制作された「御幸町」の山車。1969年に所沢市の『文化財』に指定された、非常に貴重な山車です。

旭町の山車は老朽化のため、2013年に有名な彫刻家によって作られた新しい山車です。

日東囃子連の山車も所沢駅西口に集まってきました。

3基の山車が所沢駅に集合すると、ざわ神輿と向かい合うように共演が始まります。この共演を一目見ようと、周りは大勢の見物客で賑わいます。

所沢駅西口に並んだ3基がお囃子と舞を披露。3基の山車で演奏されるお囃子の共演は聴き応えがあります。

夜は幻想的な“曳っかわせ”と熱気あふれる“ボンダンス”が見どころ!

日が暮れると、同じ時間に別々の場所で行われる“曳っかわせ”と“ボンダンス”など、ところざわまつりの見どころが詰まったクライマックスを迎えます。“曳っかわせ”は祭りで曳きまわしを行う全10基の山車のうち、旭町・御幸町・日東を除き、有楽町を加えた8基により、元町コミュニティ広場で行われます。かなり美しいものなのでクライマックスを飾るものに相応しい演目の1つとなります。

こちらが元町コミュニティ広場にて行われる“8基の曳っかわせ”。8基が一同に会するのはこのタイミングだけです。それぞれの町内で微妙に異なるお囃子を、じっくり聴き分けてみてくださいね。

獅子や天狐、おかめなど次々に登場する踊りも最高潮に!見ていてとっても楽しめますよ。

時同じくして、イオン所沢店の前では名物“ボンダンス”がスタート!これは、石井竜也氏が歌う『花まつり』という曲に合わせて踊るもので、PTA主導で所沢市内の学校で始めたものなのだそう。市民にはなじみのある歌なんだとか。

『花まつり』が流れはじめると、なんと花傘鉾が音楽に合わせて上下に昇降しだします。会場は非常に盛り上がっています!

大人も子どももみんなで“ボンダンス”!いかに所沢市民に根付いているのかが分かりますよね。

この“ボンダンス”と“曳っかわせ”の2会場はそこそこ距離があるため、どちらも楽しみたい場合は、“曳っかわせ”をある程度楽しんだら、急いでイオン所沢店へ向かうことをおすすめします。どちらも20時くらいまで見られます。

アンコールもあり、2回目の“ボンダンス”が踊り終わった後は、同じイオン所沢店の前にて、フィナーレが始まります。会場にいる見物客に配られたカラフルな風船が合図の音とともに宙を舞います。

彩女會による「ざわ神輿」の登場です。日東山車に向かって勢いよくスタート。全員さらし姿で最後の雄姿を見せてくれました!

迎え入れた日栄会の理事長による最後の挨拶と、お祭りに関わった方への感謝の言葉が述べられると、場内からも鳴りやまない拍手が響き渡りました。

大人から子どもまで、所沢市民が一丸となって盛り上げる「ところざわまつり」もこれにて終了です。1日だけのお祭りですが、昼間から夜まで様々な見どころがあります。2018年はお天気にも恵まれて最高のお祭り日和となりました。美しい山車や神輿を見るのも楽しいですし、お祭り会場に並ぶ屋台には、地元のお店が参加しているものが多く、絶品グルメも堪能できます。ぜひこのレポートでお祭りの見どころを押さえて、来年の「ところざわまつり」に参加してみてはいかがでしょうか。

(取材日:2018年10月7日)

≪注釈≫
※1.所沢生まれの古谷重松(ふるやじゅうまつ)が編み出した囃子の流派で、決まった譜面はなく、全て口伝で現在まで継承されている。