鉄砲まつりインタビュー

やり遂げた時の達成感が毎年の原動力に

秩父地方で1年を締めくくる祭りともいわれる小鹿野の「鉄砲まつり」。この祭りのメインとなる「お立ち神事」では、飯田八幡神社へ駆け上がる馬に合わせて、両側から火縄銃と猟銃が発せられ、その銃火が奉納されるという大変珍しいお祭りです。今回は、この火縄銃の奉納をつとめる唯一の女性射手である、石井加奈子さんに「鉄砲まつり」への思いについて聞きました。女性でただ一人、この祭りに参加し続ける理由とは?

鉄砲まつり 火縄銃の射手
石井 加奈子さん

聞き手・文:武田真那実

はじめは、”面白そう”という気持ちから参加

武田 石井さんは、いつから「鉄砲まつり」に関わっているんですか?

石井さん ちょうど7年~8年ぐらい前だったと思います。出産で1年だけお休みしましたが、それ以外は毎年「鉄砲まつり」の火縄銃奉納と演武※1に参加しています。過去ずっとやってきて、火縄銃を扱っている女性の参加者は、私だけですね。

武田 女性で火縄銃の射手というのはなかなか聞かないですね。なぜ火縄銃をやろうと思ったんですか?

石井さん 当時、私が働いていた牧場のオーナーの知り合いが、たまたま「鉄砲まつり」で火縄銃の会長をされていて、最初はちょっとしたきっかけで「やってみる?」って誘われたんです。私は小鹿野出身ではなく、「鉄砲まつり」自体も全く知らなかったんですけど、面白そうだったので「じゃあやってみようかな」って軽く返事しました。本当に最初はそういう軽い気持ちでした。

武田 まわりからの反対などはありませんでしたか?

石井さん もちろん最初は家族も心配していましたけれど、初めて参加した時に家族が見に来てくれて、「このお祭りがすごく良かった」と言ってくれて、それからずっと応援してくれています。見に来てくれるお客さんも、最初は「あれ、女の人がいる」っていう声が多かったのですが、毎年来てくださる方もいて、徐々に「頑張ってね」とか「かっこいいね」といってもらえるようになりました。

武田 はじめて火縄銃を扱った時はどうでしたか?

石井さん 重たい……って思いました。銃によって形も重さも全く違うんです。火縄のかけかた(火のついた縄の”ひばさみ”へのセットの仕方)一つとっても個性があるような気がして、ずっと同じ火縄銃を使っているのですが、銃のくせというか、特徴をつかむまでが大変でした。1年目は、あまりにも緊張してしまって、手が震えて引き金すらひけませんでした……。

お祭り当日の10発を大切に撃ちたい

武田 火縄銃を奉納したときに、成功したなと思う瞬間ってあるんですか?

石井さん 祭り当日は全部で10発を撃つんですけど、やはり10発が不発なく、ちゃんと撃てた時に「うまくできたな」って思いますね。特にメインである「お立ち神事」の5発がしっかり不発なくできなければと思って、一生懸命練習をして、1発、1発を大切にしながら撃っています。

武田 不発になることもあるんですね!? どうやって調整しているんですか?

石井さん 火縄銃は縄に火をつけて、火薬を着火させ撃つものなのですが、おそらく引き金を引いた際に、縄と火薬をうまく接触させられずに不発になってしまうのかなと思います。もちろん、銃を発火させるための口薬(こうやく)の量や、つけ具合などによっても変わるとは思うんですけど、いまだに上手くいかない時もありますね。当日はあまりしゃべったりできないですが、不発が続くとみなさんに「どうした?」って心配されることもありますよ(笑)。

武田 危険を伴うものでもあると思うのですが、それでも続けている理由は何ですか?

石井さん そうですね。やっぱり、常に心のどこかで「鉄砲まつり」のことを考えている自分がいます。「もう今年で終わりでいいや」って思うこともたくさんありますし、毎回すごく緊張しています。でも、みんなで無事に銃火を奉納した時の安堵感とやり遂げたという達成感が、何ものにも変えられなくて。この気持ちが続くかぎり、ずっとやっていこうって思っています。

火縄銃と猟銃を参道から撃ちあう「お立ち神事」が見どころ

武田 お祭りの当日はどんなことをされるんですか?

石井さん 12月10日の16時ごろから行う「お立ち神事(おたちのしんじ)」と、その前に行う演武と合わせて10発火縄銃を撃ちます。メインは「お立ち神事」で、飯田八幡神社の参道を馬が駆け上がる時に2発、行列の行進時に3発ほど参道の両側から火縄銃と猟友会の銃で撃って奉納を行います。

武田 鉄砲隊は、総勢何人ぐらいいるんですか?

石井さん 私は神社に向かって右側の火縄銃の列に参加しているのですが、火縄銃だけでも20名ぐらいはいると思います。

武田 そんなに多いんですね! 火縄銃の演武ではどんなことをするんですか?

石井さん 演武は本番前の練習という意味合いもあって、神社参道の周りにある田んぼの一角で、銃を5発ほど撃ちます。
「お立ち神事」ではギザギザになりながら並ぶのですが、演武の時は三角形の隊列になって撃つんですよ。

武田 石井さんの決まった位置などはあるんですか?

石井さん いつも2番目に並んでいます。その位置の方が、銃を構えている時間が短くて済むんです。隊列の前から順に発射していくので、後ろのほうにいると構える時間が長く負担になってしまいますから。火縄をひばさみにセットしたら、なるべく早く発射させたいんです。

武田 そうなんですね!では、最後に「鉄砲まつり」の魅力をひとことでいうと?

石井さん 地域密着型のお祭りではあるので地元の方も多いですが、私のように他から来る人も温かく迎えてくれる、とっても和やかなお祭りだと思います。

武田 いつかは娘さんと一緒に親子共演も?

石井さん 本人がやりたいって言ったら、やらせたいと思います。「鉄砲まつり」は、2回見せてはいるんですけど、最初見せたときはまだ小さくて、去年初めてお祭りを理解したようで。「ママ、鉄砲撃ったよねえ! すごいね」って言ってましたね。馬も大好きで、お祭り当日の馬は私が勤めていたこの牧場から出すんですけれど、牧場に行くよって娘に言ったら「今日ね、お馬さんに乗るんだ」って一人で張り切って来ましたし。

武田 親子共演の可能性ありそうですね。本日はありがとうございました。

火縄銃と猟銃の銃火奉納がある大変珍しい小鹿野の「鉄砲まつり」。正直、私も取材する前まではこの祭りをよく知りませんでした。しかしインタビューを通じて、本物の火縄銃を扱うという危険はあるものの、それ以上にやり遂げた達成感が翌年の原動力になり、毎年欠かせない祭事として、関わっている方を魅了しているということが、よくわかりました。なお、「鉄砲まつり」では、銃火奉納以外にも小鹿野名物の歌舞伎や神楽の上演、大名行列なども行われます。今年は「鉄砲まつり」を訪れて、1年の祭りの見納めをしてみてはいかがでしょうか。

《注釈》
1、火縄銃奉納(銃火奉納):12月10日の16:00~「お立ち神事」内で火縄銃と猟銃の空砲を撃つこと。
火縄銃演武:同日14:30~神社参道近くの田んぼ前で火縄銃を撃つ行事。

2、火縄銃の掛け方

秩父夜祭インタビュー

4年に1度の晴れ舞台でいつかは主役に。38歳にして、伝統歌舞伎に初挑戦!

本町町会 青年部所属

新井 隆広さん

日本三大曳山祭の一つに数えられる「秩父夜祭」で行われる「屋台歌舞伎」。 2017年は「本町(もとまち)」町内会の有志により、江戸伝統歌舞伎の「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」が上演されます。その演者の中で、助役としてデビューする新井さんに「屋台歌舞伎」の面白さや、裏話を聞きました。

聞き手・文:武田真那実

伝統歌舞伎の助役として、祭りを盛り上げたい

武田 「秩父夜祭」では歌舞伎も上演されているんですね。小さい頃からこの歌舞伎を見てきたんですか?

新井さん そうなんです。毎年、歌舞伎は屋台町会の当番制で、上演されています。ただ、小さい頃の記憶だと「秩父夜祭」は見てはいたんですが、正直、歌舞伎を見た記憶がなくて……。約14年前に秩父に戻ってきて、本町町会青年部に入りお祭りに携わるようになって、初めて知りましたね。

武田 2017年は、歌舞伎の役を演じられるということですが。

新井さん はい。「本町(もとまち)」の屋台で行われる屋台歌舞伎で、「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」という演目をやるのですが、私は、その中で5人いる「捕手(とりて)」のうちの1人を演じます。

武田 伝統歌舞伎を演じるとはすごい! ちなみに「捕手」は、どんな役ですか?

新井さん 「白浪五人男」は5人の義賊(ぎぞく)とされる盗賊なのですが、その盗賊を捕まえる助役(主役の演技を助ける脇役のこと。助演)です。本来の歌舞伎では捕手が20人ぐらいいるんですが、屋台歌舞伎では、5人の捕手で捕まえに行くという話です。

それぞれの主役の屋号にも特徴がある

武田 屋台歌舞伎は、いつ、どこで見られるんですか?

新井さん 「秩父夜祭」は2台の傘鉾(かさぼこ)と4台の屋台が曳きまわされるのですが、そのうちの一つの屋台は12月3日の午前中に「秩父神社」の境内まで曳かれ、屋台の両端に舞台を設置して、歌舞伎用のステージに組み替えるんです。そこで屋台歌舞伎を13時ころから上演します。

武田 屋台歌舞伎は毎年見られるんですか?

新井さん 「秩父夜祭」には4つの町会が参加していますが、屋台歌舞伎を担当するのは1年に1つの「屋台町会」のみです。1年ごとに各町会が交代で演じます。町会によっては、子どもたちが中心となった歌舞伎を演じたり、我々のように大人が演じたりします。なので、毎年見ることはできますが、演目は各町会ごとに異なります。本町が当番になっている際は、「白浪五人男」の演目を披露しています。なので、「白波五人男」という演目がみられるのは、4年に1回だけということになりますね。

武田 それは貴重ですね。そもそも、屋台歌舞伎をやろうと思ったきっかけは?

新井さん 普段からお世話になっている町会の先輩方を盛り上げたいという想いがありましたので、手を挙げました。もちろん、4年に1度の舞台に立ちたいという憧れもあります。でもそれより、自分が「本町」の青年部に所属していて消防団もやっている中で、祭り以外でも普段から大変お世話になっている一世代上の先輩の盛り上げ役をやりたいという想いの方が強かったですね。やはり、地元を盛り上げたいという思いは、先輩方も私たちも持っていますし。

武田 主役のみなさんとお知り合いなんですか?

新井さん もちろん。みなさん地元の方ですから。「日本駄右衛門(にっぽんだえもん)」を演じられるのは、地元企業の社長さんですし、「弁天小僧菊之輔(べんてんこぞうきくのすけ)」は設計士さんです。あとは消防団の先輩、動物病院の医院長、中学校の先生です。そうそう、主役となる方は、役名の入った名刺を作ったりしますね。

武田 新井さんは、2017年の今年が初舞台と聞いています。

新井さん はい、歌舞伎の舞台は初めてです。今年も40代の先輩が「捕手」をやるって立候補されたとき、「さすがにもう主役にあがっていただいて、そろそろ僕たちに役を譲ってください」っていいました(笑)。ちなみに「捕手」の5人中、4人が同級生です。

武田 同級生には負けられないですね。「捕手」役が決まった時の気持ちはいかがでしたか?

新井さん 過去に「捕手」を演じられた先輩から、「この役は面白いよ」と聞いていたので楽しみでした。でも実際やってみると、短いセリフしかないものの、言いまわしが独特な江戸弁で、かつ歯切れよくしゃべらなければならなくて……結構難しいですね。

主役5人の見得を切る場面が最高!

武田 歌舞伎は、誰に教わっているんですか?

新井さん 秩父歌舞伎の伝統を守っている「正和会(しょうわかい)」さんという地元の団体が指南してくださっています。今も毎週練習をしているのですが、最初は発声練習から入って、手の動きや指先、手の開きまで本格的な指導を受けています。自分自身もこの役をいただいてから、歌舞伎のことを勉強するようになりました。ちなみに当日、我々の歌舞伎のあと、正和会さんの歌舞伎も見られますよ。

武田 それは楽しみが2倍ですね! 新井さんは「白浪五人男」の見どころはどこだと思いますか?

新井さん 「捕手」が5人に迫った時に、1人ずつ名を名乗って、見得を切る※1場面は最高です! 例えば「日本駄右衛門」の場合は、「問われて名乗るのもおこがましいが、生まれは遠州浜松在…(略)賊徒の張本(ぞくとのちょうほん)日本、駄右衛門」という迫力のある演技でセリフを言うんです。舞台裏で鳴っている太鼓や三味線などは生演奏で、セリフや演技に音が合わさった瞬間は、本当に見ごたえありますよ。

武田 主役5人の中で、誰が一番好きですか?

新井さん 私は、南郷力丸(なんごうりきまる)が好きですね。声が低くて素敵です。途中で赤いふんどしをチラッとみせるんですが、実は南郷力丸は中学校の先生が演じていて、ふんどしに中学校の校章が刺繍されているって聞きました。主役をやると家庭科の先生が聞いたときに一生懸命、縫ったそうです(笑)。

武田 みんなが歌舞伎を支えているんですね。新井さんが演ずる「捕手」の見どころは?

新井さん 主役にやられる場面があるんですが、手をひねられたり、踏まれたり……。捕手であることを隠してなんとか盗賊を捕まえようとするのですが、結果やられてしまうという演技にはこだわっています(笑)。ぜひ見てほしいです。舞台がそれほど広くないので、舞台のうしろに落ちないかが心配ですが……(笑)。

武田 なるほど、他に見どころはありますか?

「捕手」の話ではありませんが、舞台が始まる前に、歌舞伎の役者たちが一列になって町内を練り歩く「おねり」も見どころですね。

いつかは主役にも挑戦したい

武田 当日は、どんな気持ちで挑みたいですか?

新井さん 実は、夏にやっている「秩父川瀬祭」では、行事長(ぎょうじちょう)という祭りの総責任者をやらせてもらいました。「秩父川瀬祭」では、祭りが滞りなく進行するよう、みんなに指示をだす立場だったのですが、今度の「秩父夜祭」では、助演という立場から、お世話になっている先輩たちの“盛り上げ役”に徹して祭りを支えたいと思っています。

武田 でもいつかは主役を演じてみたいという気持ちも?

新井さん そうですね。やっぱりお祭りが好きですし、いつかは演じてみたいという気持ちはあります。4年後は無理かもしれないですが、8年後ぐらいに……(笑)。

武田 最後に「秩父夜祭」の見どころを教えてください。

新井さん やはり、「秩父夜祭」と言えば、傘鉾と屋台の曳き廻しだと思います。特に、2日は町巡りをしている最中に、町会の屋台同士がすれ違う場面も見られると思います。夜は、本町の大通りを“ぼんぼり”を付けた屋台同士がすれ違うので昼とはまた違った風情があります。あとはクライマックスの3日の夜、「団子坂(だんござか)」を順番にあがっていき、花火が打ちあがる瞬間です。12月は空気も澄んでいるのですごくきれいに見えると思います。

武田 見どころ満載ですね! 本日はありがとうございました。

「本町」町会による「白浪五人男」は、秩父夜祭のクライマックスが迫る12月3日の13時ごろに秩父神社で上演されます。主役5人、そして「捕手」の1人を演じる新井さんの白熱した演技や、鳴り響く鳴物に酔いしれてみませんか?お見逃しなく!

《注釈》
1、見得を切る:役者が演技の途中、感情が盛り上がった場面で、静止してにらむようにして見得(決め顔)のポーズをとること。

出雲伊波比神社の流鏑馬まつりインタビュー

「3年間、乗り子をやらせてもらった恩返しをしたい」という想いで、最後の流鏑馬まつりに挑む

第一祭礼区(毛呂本郷)「口取り」役

櫻井 正徳さん

950年以上前から続く「出雲伊波比神社の流鏑馬まつり」。15歳前後の少年が「乗り子」になり、流鏑馬を奉納する伝統的なお祭りです。今回お話しを伺った櫻井さんは、「乗り子」のサポートや、馬のお世話をする「口取り」という役を担います。櫻井さん自身も、かつて「乗り子」を務め、その後、20歳から15年もの間、毛呂本郷地区の「口取り」としてお祭りに携わっています。その櫻井さんに、この流鏑馬まつりの魅力や、15年も携わり続けてきた想いを聞きました。

聞き手・文:武田真那実

ずっと憧れていた「乗り子」になれた

武田 櫻井さんはいつから「出雲伊波比神社の流鏑馬まつり」に関わっているんですか?

櫻井さん 最初に関わったのが、小学6年生のときです。流鏑馬まつりの「乗り子」にならないかと声がかかりました。そこから3年間、3の馬、2の馬、1の馬の「乗り子」を務めさせてもらい、20歳から「乗り子」や馬のお世話をする「口取り」という役を15年やっています。

武田 15年はすごい! 「乗り子」はどうやって選ばれるんですか?

櫻井さん いくつかの条件があって、それをもとに担当祭礼区に住んでいる15~16歳ぐらいの男の子に声がかかるので、誰でもなれるわけではないのです。

武田 最初に、選ばれたときはどんな気持ちでしたか?

櫻井さん めちゃくちゃ嬉しかったです! それこそ小さいころから、おじいちゃんに毎年お祭りに連れてきてもらっていましたし、馬も大好きだったので、「将来は絶対に乗り子になるんだ!」と思っていました。

武田 「乗り子」の練習は、どんな感じでしたか?

櫻井さん 大変なことは色々ありますよ。まずは乗馬の練習からはじまります。その当時は、近くにあった乗馬クラブに通って、馬の乗り方とか、色々練習するわけです。

「乗り子」を経験したからこそのアドバイスも

武田 櫻井さんが15年も「口取り」をやり続けていられるのは、なぜですか?

櫻井さん やっぱり僕自身が、この「出雲伊波比神社の流鏑馬まつり」が好きだということ。それから、この故郷に恩返しがしたいって気持ちがあります。ずっとやりたかった流鏑馬に「乗り子」として乗らせてもらい、みんなで力を合わせて流鏑馬を奉納するという経験を通し、人間としても成長させてもらえたので。

武田 それがまた今年もやろうという原動力になっているんですね?

櫻井さん そうですね。20歳から毎年「口取り」をやっていくうちに、普段は関わらないような年配の方から、歳の離れた後輩まで、色んな世代と関わりがどんどん増えていって、街でも声をかけられたりするようになって。そういう人とのつながりも、「また今年もやろう」という気持ちになっているのだと思います。

武田 今は、「口取り」という役割ですが、具体的にどんなことをするんですか?

櫻井さん 分かりやすく言うと、「乗り子」がお殿さまで、我々は家来です。3つの地区が源氏・藤原氏・平氏に色分けされていて、それぞれの地区ごとに「乗り子」が乗る馬が1頭ずつ用意されます。僕たち「口取り」はその馬のお世話やお祭りの祭具を作ったり、「乗り子」のサポートをやったりします。

武田 櫻井さん自身が「乗り子」だったからこそ、アドバイスもできますよね?

櫻井さん そうですね。流鏑馬って、馬上から弓で的を射るだけだと思うかもしれないですが、それ以外にも扇子を開いたり、餅を使った芸など、いろいろな馬上芸をやるんです。しかも、当日一発勝負です。だから、「乗り子」も緊張しているので、「こうやったらうまくいくよ」なんていうアドバイスをして、リラックスさせていますね。

武田 一発勝負とはすごいですね!

馬をいかにきれいに出すかが、見せ場

武田 「口取り」の見せ場はどこですか?

櫻井さん 我々の一番の見せ場は、流鏑馬の芸をする馬場※1へ馬を出すところですね。「乗り子」が乗った馬をいかにきれいに出すかがポイントで、馬が暴れないように手なづけて、早足ぐらいで出すのが美しい姿です。しかも今年、僕たちの地区は、1の馬(源氏)というリーダーの馬になるので、すべての見本となってやらなければならないんです。

武田 馬への指示は「乗り子」がやっているんですか?

櫻井さん 基本的に馬への指示は「乗り子」がやっていますが、僕たちは馬がきれいに走り始められたり、しっかり止まったりできるように「乗り子」が出す指示をサポートしています。

武田 「口取り」って大切な役目なんですね! 失敗することもあるんですか?

櫻井さん 僕の後輩は、去年のお祭りで馬を出す際に、すっ転んじゃったね…… (笑) 生き物が相手なので、当日になってみないと、何が起こるか分からない。まぁ、そういうところも見どころですね。

武田 馬をどうやって、手なずけているんですか?

櫻井さん 10月22日に馬がここに来て、そこから稽古始めになります。僕らは泊まり込みで、毎日馬の世話をしながら、お祭りの準備をしています。

▲流鏑馬で乗り子が乗る御神馬のための馬宿

武田 3地区それぞれが1頭ずつ馬を走らせるという話でしたが、他の地区には負けたくない!などのライバル心はあるんですか?

櫻井さん 口には出さないけれど、どこにも負けたくないと思っています。3頭とも同じ芸をするので、「自分の馬を一番きれいに見せたい」というライバル意識は、当然あります。あと、お祭りの前日に各地域の顔合わせがあって、ガチで飲むっていう負けられない戦いがある(笑)

武田 すでにそこから勝負が始まっているんですね?(笑)

櫻井さん まぁそういうことですね。でも、知らない人が見たら引いちゃうぐらいの勢いだから、本音を言うとちょっと行きたくはないかも……(笑)

武田 ところで毛呂本郷地区の「口取り」は、若くてカッコいい方ばかりですよね!

櫻井さん 「口取り」はだいたい10名ぐらいですが、平均年齢で言うと27~28歳ぐらい。21歳の「口取り」もいるので、他の地区と比べると、毛呂本郷が一番若いと思います。

武田 そんな中で櫻井さんは、みんなのお兄さん的な存在なのですね?

櫻井さん まぁ僕は、15年も「口取り」をやっていますから(笑)こんなに長くやっている人は今までいないですよ。もちろん、馬という生き物が相手なので、危険も伴いますし、緊張感は必要です。そのため、後輩には厳しくするところは、厳しくやっています。

武田 他にお祭りの見どころは、どんなところですか?

櫻井さん やっぱり「乗り子」の馬上芸だと思いますよ。弓を射るだけでなく、餅やみかんをまいたり、3本の扇子を使った芸を披露するなどバリエーションがたくさんあるので、内容が濃いと思います。ここまでいろんな芸をする流鏑馬まつりは、他にない気がします。

今年限りで引退を考えている。だから最後はみんなで祭りの感動を味わいたい

武田 今までで思い出に残っているエピソードってありますか?

櫻井さん 思い出はいっぱいあるし、あげたらキリがない。それぐらい毎年、失敗も含めていろいろありますよ。でもそれも今年限りで、「口取り」の引退を考えているので、そういった話は同じ地区の仲間たちにはちゃんと伝えていきたいなと思っています。自分ができることは全てやって後輩に残していきますよ……(笑)

武田 えっ⁉ 引退されちゃうんですか⁉ ここまで長年やってこられたのに?

櫻井さん いや、もうやるだけやってきたので、そろそろ卒業させてよって気持ち(笑)。だって、人生の半分をこの祭りに捧げてきたんですよ。

武田 すごいですよね。ちなみに最後はどんな気持ちで、お祭りに挑みたいですか?

櫻井さん うまく言葉にはできないけれど、本当に惹きつけられるお祭りなんですよね。朝も早いし、辛いことも大変なこともたくさんあるけれど、最後に流鏑馬を奉納した時の感動は、言葉では言い表わせないです。だから、最後はみんなで楽しんで、笑って、泣いて、祭りの感動を味わいたいと思っています。

武田 でも櫻井さんのことだから、また来年も参加しているかも⁉

櫻井さん いや、いや。それはね、もう絶対ない(笑)

武田 当日も頑張ってくださいね!本日はありがとうございました。

「乗り子」として3年、そして「口取り」として15年という長い間、この「出雲伊波比神社の流鏑馬まつり」を支えてきた櫻井さん。いよいよ11月2日・3日で開催になります!ぜひ、今年フィナーレを迎える櫻井さんの雄姿を応援しつつ、流鏑馬まつりの熱気を体感しに行ってみてはいかがでしょうか。

《注釈》

1. 馬場(ばば):流鏑馬を行ったり、馬上芸を行う場所

北本まつり「宵まつり」インタビュー

宵まつりの灯を絶やすな!!北本で広がる、ねぷた絵の輪

北本ねぷた絵師会

野川美津子さん

北本まつり「宵まつり」の目玉である北本ねぷた。約21基もの勇壮な山車やねぷたがお囃子とともに北本駅西口を巡行します。ねぷたといえば青森や秋田のものが有名ですが、なぜ北本でねぷたなのでしょうか?

さいたまつりは、北本ねぷたの普及のために活動している北本ねぷた絵師会の野川美津子さんに、北本でねぷたが根付いた歴史とその魅力を伺いました。

聞き手・文:吉澤 瑠美

弘前から伝わる文化と北本に根付く文化が融合、独自のねぷた「北本ねぷた」

吉澤 本日はよろしくお願いします。さっそくですが、野川さんはずっと北本で暮らしていらっしゃるんですか?

野川さん はい、北本で生まれ育ちました。私は幼い頃から中山道を笛太鼓が練り歩くお祭りが大好きで、お祭りにより町中が賑やかになる光景に心を躍らせていました。父の転勤で一度は北本を離れましたが、やはり故郷が恋しくて、結婚を機に戻ってきました。それからはずっと北本で暮らしています。

吉澤 昔から祭り好きだったんですね。そんな北本でなぜねぷたなのでしょうか?

野川さん それは、時代とともに商店街が衰退し、お祭りも下火になりつつあったのですが、1991年に北本市の社会教育委員が青森県弘前市を視察した際、弘前ねぷたに感銘を受けて地域コミュニティの活性化を目的に始めたのが「北本ねぷた」だと聞いています。

野川さん 初めはお囃子もなく、ねぷたもほぼ独学で制作していたようです。10年ほど続けているうち、熱心な市民の方々が「より本格的なねぷた祭りにしたい」と弘前へ技術を学びに行くようになり、北本市と弘前市の間での交流が始まったそうです。

吉澤 それで弘前のねぷた絵師の方々が技術を伝えに来てくださったと。

野川さん 絵だけではなく太鼓や笛も弘前から来て講習会を開いてくださって、「ドーンドドンドン、ドンドン」「ヤーヤードー」という弘前ねぷたの掛け声も丁寧に教えていただいたそうです。ただ、北本には私も子供の頃から馴染みのある「あずま太鼓」があります。そこで当時の方々が弘前のねぷたと北本のあずま太鼓を融合させて「北本ねぷた」という形を作ったんです。

吉澤 北本のねぷたは「弘前から受け継いだねぷた」と「北本に根付いたあずま太鼓」の融合から生まれたものなんですね!

野川さん 北本でねぷたをやるという、外部の祭りを取り入れることには多少なりとも抵抗があったと思います。でも独自の祭りとして誇れるものができましたし、おかげで県外からも多くの人が観に来てくれるようになりました。2018年は77,000人の人出があったと聞いています。

吉澤 野川さんはいつからねぷた絵を描いていらっしゃるんですか?

野川さん 実は、7年前までは保育士の仕事に夢中で北本ねぷたの存在を知らなかったんです。

吉澤 ええっ!

野川さん きっかけは、北本まつりでよさこいを踊る友人に写真撮影を依頼され、たまたま出かけたのが最初です。日が落ちた頃、遠くのほうから揺れながら光を放つものがやってきたんですよね。そこで祭関係者に「あれは何ですか?」と尋ねたら、ねぷたの説明をするより先に「描いてみる?」と言われて(笑)。ちょっとびっくりしましたが、保育士をしていて絵を描くのは好きでしたし、ねぷたの迫力と美しさが忘れられなくて、講習会に参加してみることにしました。

吉澤 きっかけはどこに転がっているか分からないものですね……。

野川さん お友達が誘ってくれなかったら今頃私はお祭りの存在も知らず、ここにはいなかったと思います。

ねぷたの絵付け現場に潜入!ねぷた絵300年の歴史に触れる

吉澤 今は何を描かれているんですか?

野川さん これは、市の観光協会のねぷたです。ねぷたの正面になる、一番大きな「鏡絵」の張替えをしようということで制作しています。だいたい3年に1度のペースで張り替えているんですよ。

ねぷた絵には、墨描き、蝋引き、色入れの3つの工程があります。今日やっているのは、隣同士の色が混ざらないようにろうそくの蝋を溶かして色の境目をなぞる「蝋引き」の作業です。

野川さん 蝋引きが終わりましたら色を入れるんですが、色は絵師によって好みの配合が微妙に違うんです。毎年毎年うまく配合するのに時間がかかってしまうので、私は好みの配合をペットボトルに保管して、同じ色をすぐ再現できるようにしています。

吉澤 これだけ大きな紙を管理するのも大変ですね。この紙は和紙ですか?

野川さん 和紙ですが、普通の和紙ではなく本場・弘前から取り寄せたねぷた用のものを使用しています。皆さん知らないと思いますが、紙と粉絵の具には、光を透過しやすいようガラスの粉が混ざっているんですよ。

吉澤 だから明かりを灯すと美しく光るんですね!ねぷたといえば、柔らかい白と燃え上がるような赤が印象的ですよね。

野川さん 赤はろうそくの明かりと相性が良く、もっとも映える色なんです。今はろうそくの代わりに蛍光灯でねぷたを灯していますが、昔の名残りで今でも「赤」はねぷたにおいて重要な色とされています。

吉澤 たしかに、義経公の活躍を描いたねぷたでは赤い袴を履いていますね。

野川さん そう。持っている棒も赤や茶色で描きますし、台座の開きにも赤を使います。弘前の絵師の方々からも、色を付けるときは最初に赤を置いて、それから色を添えていくと教わりました。

吉澤 墨も特別なものを使うんですか?

野川さん 墨は書道用の墨汁です。季節柄、めったにないことですが雨が降ることも考えられるので、洗濯して落ちるものではなく、高品質でにじみが少ないものを使っています。

今年は雨の対策もしていて、ポツリと来たらビニールをかけることにしています。

北本ねぷたを絶やさないため、体験を広め、仲間を増やす

吉澤 野川さんが所属されている北本ねぷた絵師会は昨年からスタートして2年目ですね。なぜ北本ねぷた絵師会を作られたんですか?

野川さん 昨年、宵まつり25周年を記念して絵師会を立ち上げました。弘前の先生方に教わって描くだけでなく、中高生と制作体験をしてみたり、後継者につなげるための取り組みをしています。北本中のみんながひとつにつながる祭りになればいいね、という思いで集まっています。

吉澤 ここ数年は、ねぷた制作に北本の中高生も参加していると伺いました。

野川さん はい。昨年は高校生やOBの方々が色をつけたねぷたが、本番の宵まつりにも登場しました。初めはうまくコミュニケーションがとれるか心配でしたが、作っているうちに少しずつ打ち解けて、最後まできれいに仕上げてくれました。

今年は中学生からも「ぜひ体験したい」とリクエストを頂いて、先日ねぷた絵を手伝っていただきましたよ。北本で暮らす子たちにとって「ねぷた絵描きを体験したことがある」というのは、大切な思い出になったと思います。

吉澤 一度でも体験したことがあると、祭りが他人事じゃなくなりますよね。

野川さん 中高生との共同制作も、指導というより自分事として楽しむ仲間を増やすという意識です。観光協会の方々も間に入って一緒に汗をかいてくれているのもありがたいですね。荷物を運んだり、絵付けにも加わってくれたりしながら、絵師会や北本ねぷたに深く携わってくれることに感謝しています。

吉澤 絵師会が発足したことで、今まで以上に北本ねぷたに関わる人が増えてきているんですね。最後に、絵師会として今後の目標があれば教えてください。

野川さん 結成して2年、各地区から17名のメンバーが集まって活動している絵師会ですが、もっと仲間を増やして、将来的には制作者がいなくなってしまった地区でもねぷたを復活させたいですね、北本ねぷたを絶やさないように。

吉澤 ありがとうございました。

北本だから観られる、北本でしか観られないねぷた祭りに魅了された野川さん。ねぷた絵に向ける眼差しは、初めて宵まつりを訪れた日の輝きがそのまま残っているようでした。今後、北本ねぷたに関わり支える人がますます増えて、北本の伝統を受け継いでいくことを願わずにはいられませんでした。皆さんも、北本まつり「宵まつり」で秋の夜を彩るねぷたの灯をぜひその目に焼きつけてください。

本庄まつりインタビュー

中山道で最も古い歴史を持つ山車祭りと引き継がれる祭りへの想い

本街祭禮保存會 会長

猪野芳孝さん

毎年11月に行われる本庄まつり。この祭りで特に見どころなのが、古い歴史を持つ山車です。この本庄まつりの山車の歴史は古く、明治から受け継がれものが今でも曳かれています。今回は、本庄まつりの山車の歴史を詳しく知る、本街祭禮保存會 会長の猪野さんにお話を伺いました。

明治初期の江戸型山車が揃う本庄まつり

ー本日はよろしくお願いします。本庄まつりの山車は歴史深いと聞きました。どのくらい昔の山車なのでしょうか?

猪野さん 明治初期に作られた山車になります。本庄まつりでは10本の山車が曳かれるのですが、そのうちの8本が明治5年から大正13年に作られたものなんです。

ー明治初期に作られたものが、現役でも曳かれているんですね。そんな昔の山車が曳かれているなんて、驚きです。

猪野さん 幕末の文久2(1862)年に、街道で山車を曳く許可が出たことをきっかけに、中山道でも山車が曳けるようになりました。そこで中山道の宿場町の中で最も栄えていた本庄は、もともと本庄で開催していた金鑚(かなさな)神社の例大祭の本庄まつりをもっと盛り上げたい!という想いで、東京に山車を買い付けに行ったそうです。

ーわざわざ東京まで!?

猪野さん はい。それも購入したのが、江戸の天下祭りといわれる「神田祭」や「山王祭」で曳かれる江戸型山車でとっても貴重なものだったと聞いています。

ー江戸型山車…見た目や仕組みではどのような部分が特徴なのでしょうか?

猪野さん 少しマニアックな特徴なのですが、山車の高さに特徴があります。

ー高さ、ですか。

猪野さん 実は本庄の山車は、当時の江戸城の門をくぐれるちょうど良い高さになっているんです。

ーへえ!それはなかなかマニアックですね(笑)

猪野さん 神田祭や山王祭では将軍の上覧が江戸城で行われていたことから、江戸型山車はそのような高さに作られているようです。

ーなるほど。それを知っていると、山車の見え方も変わりそうです。

猪野さん あとは、豪華な装飾も注目ですね。本庄は中山道の中でも最も栄えていた宿場町だったので、非常に財力があったといわれています。そのため、幕や人形、彫刻などの装飾物を豪華にすることができたんですね。

ーその当時の経済の状況も山車に反映しているんですね。それは興味深い。

ー本庄まつりの山車は、最も古いものだと100年以上前のものになると思いますが、よく老朽化しないですね。

猪野さん 実は、平成に入って古い山車8本を大幅に修復したんです。本庄の歴史・文化をなんとか残そうと、市や市民で出資しあって、各町それぞれが2,000万円以上をかけて直したんですよ。だから今曳かれている山車は、当時の姿に限りなく近い状態なんです。

ーなるほど。なんだかロマンチックですね。

本庄まつりのお囃子は子どもが主役

ー本庄まつりでは、お囃子も叩かれていますが、何か特徴はありますか?

猪野さん それはお囃子の叩き手が子どもが中心、ということですね。本庄まつりでは子どもがお囃子の主役なんです。

ーそうなんですね!

猪野さん これは明治時代に山車を曳き始めた時から、「本庄のお囃子は子どもが叩く」ことが伝統になっているんです。しかも本庄は、叩き手を他の地域から派遣してもらうことなく、最初から地元の人たちで叩くようにしていました。これも本庄ならではです。ちなみに、お囃子は群馬に伝わる北関東でよく叩かれている世良田囃子(せらたばやし)がルーツだといわれています。

ー大人もお囃子を叩くというのはよくありますが、メインが子どもというのは珍しいですね。

猪野さん そうですね。私がこの祭りが大好きなのも、この子どもたちが主役で輝けるからというのがあります。大人が主役の祭りはたくさんありますが、子どもが人前に出てスターになれる祭りは珍しいんじゃないかなと思います。私も4歳の頃からお囃子を叩いて、もう50年以上のキャリアになりますが、子どもの頃に叩いていたあの感動を超えることはなかなかありません(笑)

ーそれだけ思い入れが強いんですね。

猪野さん はい。今となっては、頑張って練習した子が、祭り当日に山車に乗って立派にお囃子を叩く姿を見ると、本当に胸が熱くなります。

ーなるほど、ご自身が経験してきたことだからこそ、子どもたちを思う気持ちも強くなりますよね。参加したいという子どもたちも多いのではないでしょうか?

猪野さん そうですね、毎年やりたいと手を上げてくれる子どもは多いです。お囃子は20代から30代の若い子たちが教えていて、若い子たちで文化を引き継いでいく光景を見ると、とても嬉しくなりますね。

江戸型山車が勢ぞろいする本庄まつりの見どころは!?

ー本庄まつりの見どころを教えていただけますか?

猪野さん たくさんあるんですが(笑)。まずは2日目に行われる御神幸祭ですね。
歴史ある神事で、金鑚神社から宮神輿に続いて10本の山車が曳かれていく様子は圧巻です。

ーなるほど、歴史ある神事に歴史ある山車が巡行する…聞くだけで楽しみになってきますね。

猪野さん あとは、2日目の夜の山車勢ぞろいですね。日が落ち、提灯に明かりを灯した山車が駅前にずらっと並びます。中山道随一の山車が揃う、豪華で幻想的な様子を見ることができる素晴らしい時間ですよ。

ー今日のお話を伺っていると、本庄の歴史ある山車が集まった姿を見るだけで、胸が熱くなりそうです。最後に今年の意気込みを教えてください。

猪野さん 今年は、関係者全員の思い出にと、山車が勢揃いしている前でドローンを飛ばして集合写真を撮影する企画をしています。本庄まつりを後世にずっと残していきたいので…。

ーとっても素敵ですね。

明治初期の山車が今でも現役で曳かれる本庄まつり。
その山車には、受け継がれてきた歴史と想いがたくさん詰まっていました。明治の山車が令和の時代に曳かれる奇跡。他の祭りではなかなか体験できません。
ぜひ、現地で山車の姿をご覧になってみてください。

飯能まつりインタビュー

全ての山車を統括!飯能祭り連合会会長が祭りの魅力と舞台裏を語る

飯能祭り連合会 会長

臼井 健さん

11月に開催される飯能の秋の風物詩「飯能まつり」。名物である底抜け屋台の引き合わせや山車巡行など見どころもたくさん。クライマックスには全山車が一同にそろいお囃子を演奏する「引き合わせ」が行われます。

今回は『飯能祭り連合会』の会長を務める臼井さんに、「飯能まつり」の見どころや苦労話を伺いました。

聞き手・文:武田 真那実

過去の反省を活かし、綿密なシミュレーションで山車を操る

武田 本日はよろしくお願いします。臼井さんが会長を務める『飯能祭り連合会』はどのような組織なのですか?

臼井さん 飯能祭り連合会は、市内11ある町内会※1の会員メンバー30名ほどで構成され、主に飯能まつりの山車運行に携わっています。また、各囃子団体の親睦を目的として、様々な活動をしています。

武田 その中で臼井さんが務める会長の役割とは?

臼井さん 飯能まつりでは合計11基の山車が出るのですが、全体を通して山車の運行スケジュールを組み立てたり、当日の山車巡行が滞りなく進むように調整する立場です。

武田 山車の運行責任者ということですね! 大役だと思いますがどのような経緯で会長に就かれたんですか?

臼井さん 私自身「三丁目」に属していて、小学生からずっと山車屋台でお囃子をやっていました。お祭り以外にもイベントなどで太鼓を叩いたりして地域に長年深くかかわっていることから、飯能祭り連合会の次期会長の選出で周囲から推薦があったのがきっかけです。

武田 会長に就任後、飯能まつりで心掛けていることは?

臼井さん 一番気を付けなければならないのが、事故がないことです。山車がぶつかってしまったり、お客様に怪我をさせるようなことは絶対あってはならないので、とにかく安全に山車巡行ができるように細部まで気を付けています。

武田 具体的に気を付けていることは、どのようなことですか?

臼井さん いくつかの山車には、上部に人形が乗っているので、気を付けないと看板や信号に接触してしまいます。それを回避するよう山車を蛇行させる指示を出したり、山車同士が重なる時間帯には、安全導線を確保するなどしています。

武田 お祭り終了まで常に気が休まらないですね…

臼井さん そうですね。山車巡行の打合せが始まるようになってから、当日までずっと気を張っているので、その分疲れますね。

武田 山車巡行の打合せはどのように進めていくんですか?

臼井さん 実際に地図の上で山車に見立てた駒を1つ1つ動かして時間配分を決めていきます。これまでの反省点を踏まえて連合会メンバー全員で意見交換をします。そのため会議が終わるのは深夜0時を回ることもあります。

武田 そんな時間まで!? もう何年もやっているのに、毎年そこまで考えているのですね。それでもうまくいかないことがあるんですか?

臼井さん 昨年「山車総覧」という11基の山車が一同にそろう見せ場があるのですが、実は決めていた時間に全ての山車がそろわなかったんです……。

武田 原因はなんだったのですか?

臼井さん 囃子手、踊り手を入れ替えるために山車を停止させるのですが、予想以上に時間がかかってしまって遅れてしまったんです。その反省を活かし今年は、しっかりと時間配分したので大丈夫です!

飯能まつりは見せ場が盛りだくさん!笑いあり驚きありの感動の一日に

武田 飯能まつりの連合会会長として、ぜひ見てもらいたいところはありますか?

臼井さん やはり「山車総覧」はぜひ見ていただきたいです。2日目の14:40から20分ほど、駅前通りと中央通りが交差する「東町の交差点」に並ぶ山車を、近くからじっくりと眺められます。そのあと同じ場所で当番町である「本郷」の山車に各町内の山車が挨拶を行う“当番町挨拶”があります。

武田 「山車総覧」では各町内会の山車が集結するようですが、それぞれの山車に何か違いがあるのでしょうか?

臼井さん 町内ごとに山車の彫刻やお囃子は微妙に違うので、実際に現場で確認していただければ思います。その他、演出として各町内、自由な発想で面白いことをやっているので、大いに笑ってください(笑)。

武田 笑いが起きるような町内があるんですか!? それは気になりますね(笑)

臼井さん そうですね、各町内にアイディアマンがいて、毎年あっと驚く演出をして観客を沸かせています! 今年も何かしら仕込んでいるはずです(笑)。

武田 必見の見どころですね。そういったパフォーマンスはどこで見られますか?

臼井さん 主に裏通りで見ることができるかと思います。というのも、表ではあまりやらないので…(笑)。また2日目19:40からの山車の“引き合わせ”では、それぞれの山車がお囃子と踊りを披露するのですが、お囃子に合わせた“扇子振り”や、一斉に“外道”が登場することもあるので、見どころです。

武田 ちなみに、よく飯能まつりの写真でも紹介されている 山車の上から放つ“蜘蛛の糸”も見られますか?

臼井さん もちろん今年も “蜘蛛の糸”を実施する山車があるはずです。多くの観客が集まり、熱気を帯びたその場所で一気に蜘蛛の糸が会場に放たれる様子は圧巻ですよ!

自分にとってなくてはならないもの「飯能まつり」

武田 飯能祭り連合会長として、今年の意気込みなどありますか?

臼井さん 訪れてくれるお客様が楽しいと思っていただけるのはもちろんですが、運営側や飯能まつりに携わっているみんなが楽しくなるお祭りにしたいなと思っています。

武田 そんな臼井さんにとって、飯能まつりとは?

臼井さん なくてはならないものです。このお祭りが1年のうちのメインですし、見に来てくださる人がいる以上、たとえ大雨になって中止と言われようとも、山車だけは出そうっていう気持ちでいます。

武田 最後に飯能まつりに来る方へメッセージをお願いします!

臼井さん たくさんの底抜け屋台や外道、扇子振りは、他のお祭りではなかなか見ることができない飯能まつりの見どころだと思います。ぜひ飯能まつりにお越しいただき、笑って感動してください!

武田 本日はたくさんの裏話を教えていただきありがとうございました!

11基もの山車や底抜け屋台を安全かつ正確な時間で巡行できるよう尽力する臼井さん。普段なかなか聞けない会長視点での見どころは大変興味深いものでした。そして誰よりも飯能まつりにかける熱い想いを感じました。
臼井さんが教えてくれたポイントを参考に、ぜひ飯能まつりを楽しんでみてください!

《注釈》
1、市内11ある町内会:飯能まつりには本郷、一丁目、二丁目、三丁目、河原町、宮本町、原町、前田、柳原、中山、双柳の11の町内会が山車を保有。
2、外道(げどう):災いをなすもの。邪悪の相を表した仮面を指す。

入間万燈まつりインタビュー

みんなが主役になれる祭りを実現!行政と市民が手を取り合って作られる入間万燈まつり


入間万燈まつり実行委員のみなさん

入間市で毎年10月末に行われる「入間万燈まつり」。1966年に入間が町制から市制施行された際、市全体の一体感を高めるために行政と市民が手を取り合って始められました。この祭りでは、行政と市民、それぞれの立場からできることを行い、今では毎年来場者が20万人を超える盛り上がりを見せています。

今回は、この祭りを盛り上げる行政と市民を代表して、3名の方にお話を伺いました。手を取り合って作られる「入間万燈まつり」の裏側とは!?

お話を伺った方:入間万燈まつり実行委員のみなさん
市民スタッフ:入間青年会議所 細田源太さん
行政スタッフ:入間市役所 古谷洋介さん
行政スタッフ:入間市役所 林田匡平さん

行政と市民が手を取り運営する祭り

ーお時間をいただきありがとうございます。今日は、行政と市民、それぞれの立場のお話が伺えればと思っています。

まず、お三方の役割などを教えていただけますでしょうか?

写真左から細田さん、古谷さん、林田さん

細田さん:私は、万燈まつりの企画部門を担当しています。入間万燈まつりのシンボルにもなりつつある3万個のLEDライトを使った市役所の「夢」の文字のイルミネーションや、子どもたちが安心して遊べる「PTA広場」などを行う部門ですね。

古谷さん:私は、山車や御輿の管理を行なっています。入間万燈まつりでは、御輿が約10基、山車が10基以上街を練り歩きます。私たちは、御輿や山車が事故なく運行できるよう、また観客のみなさんが安全に観られるよう段取りをするのが仕事になります。

林田さん:私は、祭りの中心部である彩の森入間公園に設置される2つのステージの催し物を運営しています。市民の皆さんが様々なパフォーマンスを発表できる場となっています。

ーそれぞれ、細かく役割分担されているんですね。祭りにはどれくらいの人数が関わっているのでしょうか?

古谷さん:行政の職員は400名前後、市民スタッフは8団体120人前後です。

ーそんなにも多く方が関わっているんですね!行政と市民の役割分担はどのように行なっているのでしょうか?

林田さん:祭り全体の舵取りは、行政と市民が一緒になって話し合って決めています。市民の方が関わっているチームについては、市民の方からアイデアを出して、行政が調整する、という取り組み方が多いです。

ー行政の職員と市民スタッフが手を取り合うことでどのような効果が生まれるんでしょうか?

細田さん:やはり民間だけでは乗り越えづらいハードルを、行政のみなさんと一緒に取り組むことによって解決できるのは大きいですね。

ーどんなことがハードルになったりするんでしょうか?

細田さん:警察署との交通整理の段取りや、施設利用の調整などですね。民間の1団体が動いても、簡単には進められないことがありますが、行政と一緒になって進めることにより、各関係機関にも協力いただけます。その点がとてもスムーズです。

ーなるほど。それだけスムーズなのも、市民と行政職員で意思疎通がしっかりできている証拠ですね。

細田さん:ある程度意思疎通ができていても、やっぱり手続きをしっかり踏んで進めなければいけないといった、“お役所”的なところはあったりしますよ(笑)。でも、細かい議論も一つ一つ徹底していくことで、しっかりとした運営になっていくんだと思います。民間の私たちから、突拍子も無いことをじゃんじゃん言ってしまうんで、行政のみなさんも大変かもしれませんが(笑)。

古谷さん:そういった意味だと、行政の立場からも市民のみなさんの力をお借りしないと実現できないことはたくさんあります。

ーどんなことでしょうか?

古谷さん:御輿や山車についても、毎年組み立てるときは、市民の方に教えてもらっています。
組み立て方は何年も見ているはずなのに、いざ自分でやろうとしても全然うまくいかなくて(笑)。会場の電気設備もそうですね、私たちだけでは決してできない。
山車の組み立ても電気の配線も、専門の知識が必要なことですからね…そういったことを市民の皆さんに手伝ってもらえるのが大きいです。

ー行政と市民でそれぞれの立場があると思いますが、衝突をしたりすることは?

林田さん:わかりやすい「衝突」はないですけど(笑)。それぞれ立場としての意見の言い合いはありますね。
例えば、ステージ担当が行うファンゴマッシェ(市民の人たちが主体で行うステージの企画)では、市民の方から、「こういうことがやりたい!こうした方が子どもたちに喜んでもらえる!」と、積極的な意見をいただくことが多いんです。そうしたとき、我々は予算や職員のリソースなど、できるところとできないところをはっきりと伝えて、総合的に判断して、できる範囲の折り合いをつけていきます。

ーなるほど。積極的な意見を受け取って、いかに進めるかを一緒になって考えながら進めているんですね。

表現の場が市民を主役に!

ー入間万燈まつりならではの特徴は何でしょうか?

細田さん:市民の誰もが主役になれるというのは特徴だと思います。

ーと言いますと?

細田さん:子どもたちが御輿を担いだり、伝統芸能の人たちが踊りを披露したりするほか、市民の人たちが出し物を披露するステージが6つ以上もあるんです。普通は山車や御輿があってステージが1つ、という祭りが多いと思うんですが、入間万燈まつりは会場全体が自己表現の場になっています。

ーなるほど!だから誰もが主役になれる、ということなんですね。他はいかがでしょうか?

古谷さん:入間万燈まつりの露店は安くて美味しい!これも特徴ですね。

ーそれはなぜでしょう?

古谷さん:祭りに出店する露店が全部で300店近くあるのですが、そのうちの240店舗くらいが市民の方の出店なんですよ。しかも値段がとても安い。生ビールも300円とかですからね(笑)。

細田さん:私は飲食業をやっているんですが、そんな状況ですから、飲食店の感覚で値段設定をして出店しても、全然売れないですよ(笑)。

ーなるほど。食は祭りの楽しみの1つですからね。それが市民のみなさんの手で盛り上がっているのは素晴らしいですね。

林田さん:「夜のファンタジー」という催し物は、地元の子供達が書いた手作りの万燈に火を灯し、幻想的な空間を演出するんです。それも子どもたちの活躍の場になっています。
SNS映えもするので、入間万燈まつりでも特に注目されている催し物です。

細田さん:あと、祭りの1ヶ月半前から、市役所に「夢」の文字のイルミネーションが点灯していますので、そちらもぜひチェックしてください!

入間万燈まつりが行政と市民の距離感を縮める

ー入間万燈まつりを通して、行政と市民との間の変化はありますか?

細田さん:市役所を身近に感じるようになりましたね。祭りが終わっても、来年に向けてすぐに振り返り、そして企画会議を始める。年間を通して、ずっとつながりがあるので、市役所の皆さんとの距離感はとても近くなったと思います。

林田さん:そうですね。私たちも行政の考え方だけ出なく、そこに市民の方のこれまでの経験のほか、知恵やアイデアが入ることで、柔軟な発想ができる。それがとてもありがたいですね。

ーお互いの立場から、様々なアプローチを行うことで、新しい取り組みが生まれたりしそうですね。

細田さん:実際に入間万燈まつり以外にも、青年会議所が主催のわんぱく相撲や、今年初開催予定の「ふじフェス」というイベントも、行政のみなさんの力を借りて現在準備を進めています。

ー確かに全く接点がないところからやるより、ある程度お互いを知っているところから一緒に取り組んだ方が安心ですもんね。最後に、今年の意気込みをお話いただけますでしょうか?

細田さん:私個人の話ですが、入間万燈まつりに関わらせていただいて今年で3年目で、今回で卒業予定なんです。なので、全力で楽しめるようにしたいと思います!

古谷さん:とにかく安全に、祭りの参加者も観客の皆さんも、みんなが楽しめるようにしたいと思います。

林田さん:とにかく晴天を祈る。これに尽きますね。過去に台風で苦しんできたので…今年はとにかく晴れるよう祈っています。晴れたらこれほどまでに素晴らしい祭りはないと思っていますので!

ー本日はありがとうございました!

「入間を活気ある街に」という想いのもと、行政、市民、それぞれの立場から祭りを盛り上げよう、という姿勢が垣間見えるお話でした。
“お堅い”と言われてしまう行政の立ち位置を、あえて市民目線で切り崩し、来場者の人々、そして市民誰もが主役になれる場所を作るのが、入間万燈まつりの魅力だと感じます。
ぜひ、みんなで手作りをした入間万燈まつりを現地で楽しんでみてください!

ところざわまつりインタビュー

時代に合わせて伝統をアップデート!進化し続ける「重松流祭囃子」

日東囃子連 練習生統括

中島健太郎さん

毎年10月に行われる「ところざわまつり」。所沢市街の広い範囲で、山車の運行や神輿の渡御のほか、様々なイベントなどが行われますが、ところざわまつり“ならでは”の特徴は、所沢発祥の「重松流(じゅうまりゅう)祭囃子」。軽快なリズムと踊りで、ところざわまつりを盛り上げる存在です。

今回は、重松流祭囃子を始めて40年の経歴を持つ日東囃子連(日吉町・東町)の中島さんにお話を伺いました。

聞き手・文:浅見 裕

「口伝」で伝わる重松流祭囃子。そこから生まれた多様な演奏が魅力

浅見 本日はよろしくお願いします。中島さんはいつ頃から重松流祭囃子で太鼓を演奏するようになったのでしょうか?

中島さん 太鼓は小学生からですね。ただ、5歳の頃から踊りで重松流祭囃子には携わっていました。今年45歳なので、40年は重松流祭囃子をやってます。

浅見 5歳!そんな小さい頃から続けているんですね。始められたきっかけは?

中島さん 私の父がお囃子をやっていて、軽い気持ちで「やってみる?」と誘われて始めました。近所のお兄ちゃんがやっていたので、自分もやってみたいという思いも持っていました。

山車の上で踊りを踊る「重松流祭囃子」

浅見 小さい頃は祭りに参加してどう感じていましたか?

中島さん 祭りに関わっていない子たちは友達同士で祭りに遊びに行っていて、それを見て羨ましいなって思ってました(笑)。でもそれ以上に祭りのお囃子をやるのは楽しかったですね。

浅見 それほどの楽しさを感じた、重松流祭囃子とはどのようなものなのでしょうか?

中島さん 軽快なリズムが特徴で、基本の節があります。面白いのが、譜面などは一切なく「口伝(くでん)※1」で代々伝わっているものなので、各町内によって演奏方法に違いがあるんです。

浅見 口伝なんですね!どんな伝え方をするんでしょうか?

中島さん 例えば太鼓の叩き方なら「テケテン、ツクステスク、テンツクツ…」だったり、笛だったら「オヒャラヒャラヒーヒャートコト」といった具合ですね。

浅見 すごい!人によってもばらつきが出そうですね(笑)

中島さん そうなんです、うちの町内でも統一されていないくらい(笑)。そこも重松流祭囃子の面白いところで、特徴ある奏で方をする人もいるので、「この人はこの箇所でこういう笛の吹き方をするから、太鼓もこう合わせよう」とか、そこまで考えて演奏することがあります。

浅見 なるほど、演奏する人の組み合わせでも変わりそうですね。口伝は今でも用いているのでしょうか?

中島さん もちろん。今でもこの方法で、子どもたちに教えていますよ。さらに、日東囃子連では基本を守りつつアレンジを加えたりしていますね。

浅見 例えばどんなアレンジでしょうか?

中島さん 昔話の「浦島太郎」の曲に日東のオリジナルの歌詞を乗せて歌い、盛り上げています。聞いてくれる人を楽しませるために、大切な伝統を守りつつ、新しい要素も取り入れているんです。

浅見 そうなんですね!バラエティに富んだ演奏が見られそうです。

きっちり演奏するパフォーマンスで観客を魅了

浅見 中島さんの重松流祭囃子のこだわりを教えていただけますか?

中島さん そうですね、とにかく観客の人に楽しんでもらうことを意識しています。やっている自分が楽しいのは当たり前ですが、観客あっての祭りですから。

浅見 なるほど、具体的にはどんなことに気遣っていますか?

中島さん きっちり綺麗に叩く、というには特に意識していますね。重松流祭囃子は軽快なリズムがとても重要なので、それを崩さないためにもしっかりと演奏するのは外せないです、当たり前のような話ですが。祭りの最中も酔っ払わないようにしています。

浅見 そうなんですね!祭りというとお酒とセット、という印象がありました…

中島さん もちろんそういう方もいると思いますが、私たちは「パフォーマンス」をしていると思っていて、観客の方にしっかりと楽しんでいただくことを心がける必要があります。お酒もほどほどに…(笑)。その甲斐あってか、「今年も日東を見にきたよ!」って声をかけてくれる方もいるので、きっちりと演奏することでファンになってくれている人もいるんだなあと感じます。

浅見 なるほど。自分たちが楽しむだけでなく、観客を魅了することを忘れないんですね。

中島さん そうですね。また、そうしてかっこいいパフォーマンスをすると、「自分もやりたい!」って人も増えてくるので、そうすれば伝統も長く続くわけですよね。

浅見 伝統は時代に合わせるとより長く続きますからね。そんな長く続く重松流祭囃子に中島さんが惹かれる理由はなんでしょうか?

中島さん 祭りほど「老若男女が一緒のことを楽しめる」機会がないからですね。家族ぐるみでお囃子の練習や準備などに携わるので、子どももみんなで育てられる、みたいなコミュニティになっているのが良いと思うんです。

浅見 そうですね、祭り以外にはなかなか無さそうな機会ですよね。

伝統を守りながら新しい祭りの楽しみ方へ

浅見 一般の人が重松流祭囃子を見る時に、注目すべきポイントはありますか?

中島さん 重松流祭囃子には様々な曲や踊りがあるんですが、町内によって伝わり方が全く違うので、その違いを見るのも楽しみ方の一つですね。

浅見 確かに口伝だと解釈も変わって、演奏方法も異なっていきそうです。

中島さん あとは各町の山車が出会うときに行う曳っかわせ。それぞれがお囃子を競って激しく叩き合うので見どころだと思いますよ!ちなみに、日東では星の宮と曳っかわせをするときは、独特のパフォーマンスをやっているんですよ。ゆくゆくは新しい「所沢締め」になったらいいな、と思いながらやっています(笑)。

浅見 どんな締めなんでしょうか?

中島さん そこにいる人たちが「めでてぇなあ!」となるような締めなんですよ。5年くらい前から初めて、今ではだいぶ浸透してわざわざそれを見に来る方もいますね。ぜひ当日、楽しみに見に来ていただければと思います!

浅見 面白そう!どの辺りで見ることができるんですか?

中島さん 16時20分頃ですかね、山車の運行状況によって変わりますが、銀座通り商店街で星の宮の山車と曳っかわせをするときにやっています。その後に行う、宮本町との曳っかわせでは大太鼓の競演もかなりの迫力なので、ぜひ見逃さないで欲しいですね!

浅見 それは見逃せませんね…!

中島さん それともう一つぜひ見てほしいタイミングが…

浅見 お、なんでしょう?

中島さん 日東、御幸町、旭町の3町で実施していることなんですが、19時半くらいから「盆ダンス」を踊るんです(笑)

浅見 盆ダンス?

中島さん 石井竜也さんの「花まつり」という曲に合わせてみんなで踊るんです!山車やお囃子は観て楽しめますが、この盆ダンスはみんなで一緒に踊ることができるので、祭りに“参加”できちゃうわけですね。

浅見 それは面白い!祭りに参加できる機会はなかなか貴重です。どこで参加できるんでしょうか?

中島さん 19時半頃、旧ダイエー(現在のイオン所沢店)でやりますのでぜひ足を運んでみてください。そのあとは日東だけのフィナーレで、神輿と山車にコラボレーションなども見れますので!

浅見 日東囃子連さんならではの楽しいチャレンジがいっぱいですね。

中島さん 日東は新しいことにチャレンジさせてくれる柔軟性があるので、毎年祭りに参加したい、という人や子どもが出てきます。守るべき伝統はしっかり守り、変化させるところは柔軟に変化させる。そうやって時代にあったところざわまつりになっていくことが、祭りを続けていくことに繋がるのだと思っています。

浅見  最後に今年の意気込みをうかがえますでしょうか?

中島さん 「品良く楽しむ!」ですね(笑)。見ている方にとにかく楽しんでもらうために、全力を尽くすこと。あとは安全に終えることです。
この祭りをずっと続けていくためには、事故なく無事に行うことがとても大切だと思うので。

浅見  確かに安全は何よりも大切なことの一つですからね。

中島さん 祭りを盛り上げるための「勢い」はもちろん大切なんですが、ちゃんと折り合いをつけて、祭りを守っていくのが必要だと思うんです。

浅見  祭りを続けたい、という強い思いを感じます。本日はありがとうございました!

観客を魅了し、祭りのファンになってもらうための仕掛け作り、一方で伝統を守り、昔ならではの良さを残す努力をする中島さん。その背景には、楽しい祭りをいつまでも続けられるように、という強い想いを感じることができました。
当日は中島さん自身が全力で楽しみながら、多くの観客を楽しませている姿を見ることができるでしょう。ぜひ、現地でその姿をご覧になってください!

《注釈》
1、口伝:口頭で技術や学問を伝えること

龍勢祭レポート

【密着レポート第三弾】「龍勢は生き物だ」龍勢師が40年もチャレンジし続けるその想いとは

さいたまつりでは、2018年の「龍勢祭」について、20を超える流派の一つ「美峯雲流(びほううんりゅう)」に密着取材を行っています。第三弾の今回は、その美峯雲流の棟梁、濵田さんに龍勢にかける想いを伺いました。

美峯雲流 棟梁
濱田峰雄 さん

龍勢好きが集まる!一緒に龍勢作りができる流派「美峯雲流」

浅見 いつも貴重な龍勢の制作現場に立ち合わせていただきありがとうございます。今日は、濱田さんの龍勢への想いやエピソードなどを伺わせてください。

濱田さん はい、よろしくお願いします。

浅見 濱田さんはいつ頃から龍勢に関わるようになったのでしょうか?

濱田さん 30歳くらいの頃からですね。花火屋をやりながら龍勢を手がけていた義理の兄さんから声をかけてもらって、龍勢作りに携わるようになったんです。今とは別の流派で修行して、その後自分で約30年前に「美峯雲流」を立ち上げました。

浅見 美峯雲流の名前の由来はどのようなものでしょう?

濱田さん 秩父は美しい山が多いじゃないですか?なので、美しい山々を表した「美峯」という言葉と、龍勢に流派を表現するときによく使う「雲流」を組み合わせました。

浅見 秩父の美しい山々をバックに華麗に龍勢を打ち上げる流派、という感じですね!美峯雲流はどんなメンバーで構成されているんですか?

濱田さん 美峯雲流は「有志」が集まっていて、吉田地区の人に限らず、龍勢に興味のある人が関われるようにしたんです。15名前後の少数精鋭でやっていて、今は秩父の大野原地区や皆野町のメンバーもいますよ。

龍勢は生き物、毎年違う姿に龍勢師たちは魅了される

浅見 龍勢作りの難しさやポイントはどのようなところにあるのでしょうか?

濱田さん 毎年同じように作っているはずなのに、同じような結果にならない、というところですかね。

浅見 といいますと?

濱田さん 制作の工程や火薬の分量など、毎年ほぼ同じようにやっているのですが、本番では爆発してしまったり、櫓(やぐら)から飛び立たずその場で火をふくだけだったり…実際に打ち上げてみないと、結果がわからないんですよ。とても難しいところですが、そこにやりがいを感じます。

毎年イチから作っている龍勢の筒
昨年までの経験をもとに試行錯誤しながら進める龍勢作り

浅見 毎年同じように作っても結果が違うというのは興味深いですね!

濱田さん まあ大抵考えすぎたり、他の流派を気にしすぎたりすると、うまくいかないことが多いですね。要は「自分たちの龍勢をあげるんだ!」という想いが大事なんです。

浅見 ちなみに今までの成功確率ってどのくらいでしょうか?

濱田さん だいたい50%くらいかな(笑)。最近、成功率は上がってきていますけど、その年に全ての流派が成功したことは、今まで一度もないんです。それくらい難しい。

浅見 そうなんですね。それだけの難しさなら、打ち上げる前はとても緊張するんじゃないでしょうか?

濱田さん もちろん。昔は祭りが近づくとご飯も食べられないくらいプレッシャーを感じてましたよ(笑)。

浅見 そんなプレッシャーを感じながらも、龍勢を続けたいと思うのは?

濱田さん やっぱり自分たちが作った龍勢が打ち上がるか失敗するか、その結果がはっきりと出るのが良いんだと思います。

浅見 なるほど。

濱田さん 龍勢師の間では「龍勢は生き物だ」ってよく言われるんですよ。長年やっても、わかったようでわかっていない。龍勢は経験や感覚をもとに作っていくので、計算できないところがいいんです。毎年打ち上がるか失敗するかの結果があるからこそ、やりがいがあるし毎年チャレンジしたくなる。失敗したら大の大人が泣くんですから(笑)。嬉し涙も悔し涙も見られる、龍勢師はそのくらい想いをかけてるんです。

「より高く、より美しく」龍勢をあげたい

浅見 毎年龍勢祭には20以上の流派が参加していますが、その中で美峯雲流の独自のこだわりはありますか?

濱田さん 美峯雲流は「より高く、より美しく」というモットーで毎年龍勢を作っています。打ち上げる前の龍勢の姿、高く打ち上がること、落下傘が華麗になびくこと、花火が美しいこと。それらが一貫して、どの段階でも美しい状態を作れるようにしています。

落下傘なども空に映えるよう制作

浅見 なるほど、打ち上げる前の龍勢の姿からこだわっているんですね。

濱田さん そうですね。綺麗に荷付け(龍勢に落下傘などを装着する作業)を行っています。打ち上げる前の姿も楽しんでもらいたいですし。それと、年に一回の龍勢なので細かい寸法や仕上げなど、特に気をつけていますよ。

浅見 やはり丁寧に作り込むことがとても大切なんですね。

濱田さん そう。飾り付けもそうですが、龍勢は火薬を使うので、火が引火しないように注意してるんです。導火線の火の勢いが強すぎて、中途半端なタイミングで本体に引火してしまうと爆発したりするので…火薬周りはかなり気をつけますね。

浅見 打ち上がる前の龍勢も評判とのことですが、一般の方でも見られますか?

濱田さん 見られますよ。打ち上げ場所まで龍勢を運ぶのを「担ぎ出し」というのですが、龍勢祭の会場の道路を通るので、その時は一般の方でも打ち上げ前の龍勢は見られます。

打ち上げ前の龍勢が見られる「担ぎ出し」

浅見 それは隠れた見どころかもしれませんね!ちなみに美峯雲流が他の流派には負けない、という点はありますか?

濱田さん 美しさという点でとても評判が良いです。打ち上げる前の姿もそうですが、美峯雲流の龍勢はとにかく高く上がるんですよ。

浅見 そうなんですね!何か秘訣があるんでしょうか?

濱田さん まあ、わからないんですよね、感覚でやっているので(笑)。でも、龍勢師は高く打ち上げることにはこだわるので、その点も良い評価をいただくことがありますね。

打ち上げ時間を考えた龍勢の仕様に注目

浅見 最後に、今年の意気込みを伺えますか?

濱田さん 先日の抽選会で今年の打ち上げは10番目に決まりました。午前中に打ち上げるんです。毎年午前中は青空でよく晴れることが多くて、青空だと煙がとても映えるんですよね。

昨年の美峯雲流の龍勢

浅見 確かに雲がなければ綺麗に煙が見えそうですもんね。

濱田さん なので、打ち上げる時につける花火に少し工夫をしようと思っているんです。

浅見 どんな工夫ですか?

濱田さん 様々な色の煙が出る花火を仕掛けて、空に昇る途中と、昇りきったあと、それぞれでカラフルな煙を出すようにしようと思っています。そこはぜひ注目していただきたいですね。

浅見 雲ひとつない青空で打ち上がれば、とても綺麗な龍勢になるでしょうね。とても楽しみです!本日はありがとうございました!

「龍勢は生き物」。40年近く龍勢作りに携わってきた濱田さんが感じる龍勢の本質がその言葉に集約されている気がしました。毎年違う姿を見せてくれる「生き物」だからこそ、龍勢に多くの龍勢師は魅了されるのでしょう。

実は濱田さん、今年の龍勢を最後に、棟梁を次の世代に引き継ぎ、自らは一線を退くことを心に決めているとのこと。今年は40年以上の龍勢作りの集大成になりそうです。

「より高く、より美しく」を目指した美峯雲流の龍勢が、濵田さんの最後のチャレンジで華麗に打ち上がるか…!当日の打ち上げに期待したいと思います!

第四弾「積み重ねた想いを天空へ!龍勢に全てをかけた男たちの裏側とは」はこちら

こうのす花火大会インタビュー

「誰にも真似できないことをやる」という想いが、世界一の四尺玉を打ち上げる

こうのす花火大会 実行委員長
島村工務店 代表取締役社長

島村伸之さん

「こうのす花火大会」を運営しているのは、地域の若い経営者らで構成される商工会青年部。会場設営から協賛募集、出店業者の手配など、その運営の全てを青年部が担い、手作りで花火大会を開催しています。今回は、青年部のメンバーを束ねる、島村さんに華やかな花火大会の裏にある努力や想いを聞きました。

聞き手・文:小林拓水

突然、実行委員会のメンバーに

小林 島村さんはいつから「こうのす花火大会」に関わるようになったんですか。

島村さん 4年前からですね。子どもが通っている幼稚園の保護者会に、以前から花火大会に関わっていた青年部の先輩がいたんです。その人が、一枚の紙を持ってきて「ここに名前書いて」と。言われるがままに書いたら、それがこうのす花火大会を主催する青年部の登録用紙だったんです(笑)。

小林 ずいぶんと急だったんですね(笑)。そこから実際に運営に関わるようになってみていかがでした?

島村さん それが、実際やってみたら楽しかったんですよ。元々商工会は、経営者の集まりで、自分の判断で物事を動かしていくことに、おもしろさを感じる人間ばかりなんです。

「こうのす花火大会」は、協賛金を募るところから、地権者さんへの交渉、花火師さんや屋台の手配、会場設営まで全部自分たちの手でつくりあげていくんです。しかも、それぞれの役割の中で、「これがベストだ」と思ったら、自分の責任で物事を動かしていく運営スタイル。それが面白くて、どんどんハマっていきましたね。

小林 現在は、実行委員長ということですが、いざメンバーをまとめる立場になってみていかがですか?

島村さん みんな自由人なので、なかなかきれいにはまとまりません(笑)。ただ、いい意味で見栄やプライドが強い人ばかり。「やるからには、恥ずかしいアウトプットは絶対しない」って思っているから、誰も手を抜きません。やると決まれば、ゴールに向かって一直線ですよ。

小林 頼もしいですね。

島村さん そうですね。実行委員長としては、その強い想いを活かすのが大切だと思っています。だから、全部が全部、計画通りに動かなくてもいいかなと。多少良し悪しがあってもメンバーに任せて、それぞれの力を思う存分発揮してもらえればそれが一番。

小林 懐が広い……。

島村さん だから自分の役目は、ぶれることのない“柱”を決めること。あとは自由と責任を与えて各々に動いてもらった方が良い花火大会になるはずなんです。

小林 その“柱”というのはどういったものでしょう?

島村さん まずお客さんを満足させることですね。「こうのす花火大会」の目玉でもある四尺玉の打ち上げ。もう一つは経済の発展ですね。

誰も真似できないことをやる

小林 この大会の目玉である四尺玉を打ち上げるのは、やはり相当な苦労があると思うのですが……。

島村さん そうですね。特に私が実行委員長に就任する前年は打ち上げに失敗してしまったんです。四尺玉を発射する筒も壊れてしまったので、翌年は高い費用を払って筒を作り直さないといけないというマイナスからの波乱のスタートでした。

小林 マイナスですか!?

島村さん 青年部の中でも拡大派と縮小派の意見がありましたが、私は四尺玉を再び打ち上げることを条件に実行委員長を引き受けました。やめると予算は浮きますが、お客さんは減ってしまいます。どっちにしたって花火大会を行うこと自体大変じゃないですか。だったらお客さんを惹きつける花火大会にして、達成感がある道を選ぼうと。

小林 腹をくくったわけですね。

島村さん もともと青年部の文化なんですよね。結成当初から「どうせ大変なことをするのなら『やってよかった』と思えないと意味がない。誰も真似できないことをやって、青年部に入って良かったと思える事業をしよう」と合い言葉のように青年部で話していたんです。その事業というのが、たまたま花火大会で世界最大の四尺玉を打ち上げることだったんです。

小林 それだけの想いでつくる花火大会は、やりがいも大きそうですね。

島村さん 本当にそうですね。一度、花火大会が終わって、夜中片付けをしているときに気付いたらその場で力尽きて朝まで寝ていたことがありました(笑)。

小林 なんと!(笑)。本当に力尽きるという感じですね。

島村さん そうですね。でも、帰り際にお客さんから「ありがとね」「また来るよ」って声をかけてもらえると全部報われるんですよ。あとは、花火が打ち上がったとき、その場にいるみんなが同時に空を見上げるんです。その光景を見ると、なんとも言えない喜びが湧き上がりますね。

地域の人と一緒につくる花火大会にしたい

小林 これだけの大きな花火大会だと地域の方の理解や協力も大切ですよね。

島村さん 地域の方に嫌われる花火大会では意味が無いですから、地元の人に愛されるものになるよう心掛けています。大会前には一軒一軒、地権者さんにあいさつにも回ります。

小林 地域の家を一軒一軒回るとなると時間も労力もかかり大変ですね。

島村さん 実は当初、「家の近くに人が殺到するから花火大会はやめてくれ」と地域に住む方が花火大会中止の署名活動を行いました。何かいい方法がないかと、何度もその方のもとに通って話し合った結果、一緒に周辺の通行ルールをつくることにしたんです。

そうしたら、「自分も祭りをつくっているんだ」と意識が変わり、気付けば毎年ゴミ拾いを率先して手伝ってくれるようになったんです。今では「せっかく自分の街の花火大会を見に来てくれる人がいるのに、会場が汚いと格好悪いだろ」なんて言ってくれて、本当に嬉しいですよ。

小林 地域の方にとっても、自分たちがつくる花火大会になっているんですね。

島村さん 他の地域の人と話していて「鴻巣って何があるの?」って聞かれたときに鴻巣の人はあまり答えられないんですよね。免許センターがあるくらい(笑)。だから、「自分たちの街の誇りになるものをつくりたい」という想いはずっとあったはずなんです。

小林 その「誇り」が、ギネスにも認定された世界一の四尺玉の打ち上げにつながったんですね。

島村さん そうです。世界一の四尺玉が打ち上がる花火大会に自分が携わることで、一層この花火大会や街にポジティブな想いも芽生えると思うんです。だからゴミ拾いや会場設営には、地域のボランティアの方にたくさん関わってもらっています。「この街に住んでる人みんなでつくっている花火大会なんだよ」ってみんなに思ってもらえたら嬉しいですね。

田んぼでDJ、夜空に咲く秋桜畑……毎年新たな見どころが生まれる

小林 「こうのす花火大会」の見どころを教えてください。

島村さん 花火はもちろんなんですが、実は屋台やステージイベントも面白いんですよ。屋台は、県外の面白そうな出店業者さんにも直接オファーをして200以上の露店が軒を連ねたり、ステージイベントはプロの歌手や地元の小学生チアリーダーチームが登場したりとか。あとは田んぼの中にDJブースもつくります。田んぼでパーティなんて、めったにできないですからね(笑)。

小林 おもしろそう!いろんな人が楽しめる場所になっていて素敵ですね。

島村さん そうですね。子どもから大人、そして鴻巣市民だけでなく、ここを訪れる全員に楽しんでもらえる花火大会でありたいと思っているんです。できれば海外の人にもこの花火を見せたい。東京から1時間ほどで来られる場所にある、最高峰の花火技術と日本の祭りの風情を楽しめる花火大会……海外の人にとっても、これは魅力的だと思うんです。鴻巣の花火が世界にも通用することを示せたらいいですね。

小林 世界に鴻巣の名が広まることを考えたらワクワクしますね。2017年の大会では何かこだわっていることはありますか?

島村さん 例年「こうのす花火大会」のメインはクライマックスの「鳳凰乱舞(おおとりらんぶ)※1なんですけど、実は今年さらに「秋桜繚乱(こすもすりょうらん)」という新たなプログラムを用意しました。

小林 それはどういった花火なんでしょうか。

島村さん ほんの一瞬なんですけど、大きなピンク色の花火を一斉に打ち上げて、夜空一面を秋桜畑のようにしようと思っています。2、3秒しかないので、カメラマン泣かせですね。「来年は撮ってやろう」とまた来てくれると思います(笑)。

小林 年々、期待値が高まる中、今までを超えないといけないというプレッシャーはありませんか……。

島村さん プレッシャーは全然感じないですね。「楽しく取り組むこと」が青年部のモットーなので。それに、その瞬間ではしんどいとか、大変だと思うことはあっても、とにかく一生懸命やり続けていれば、必ず多くの喜ぶ顔を見ることができるゴールに辿り着くんです。だから、プレッシャーを感じている暇があったら目の前のことを一生懸命やるのみです。

小林 なるほど。強い想いを持った青年部のみなさんがつくる花火大会が、ますます楽しみになってきました。

島村さん はい!本番当日まで、青年部一同全力で皆さんを楽しませる準備をしているので、ぜひ楽しみに来てください!

小林 本日はありがとうございました!

地域への、「自分たちの街に誇れるものを」という想い……華やかな花火大会の裏側にはアツいストーリーがありました。多くの人の想いが詰まった「こうのす花火大会」、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

《注釈》

1、:鳳凰乱舞(おおとりらんぶ)=こうのす花火大会のラストを飾る尺玉300連発のスターマイン。