脚折雨乞歴史・見どころ

歴史

「昔から日照りで雨が降らない時は、雷電池(かんだちがいけ)の脚折(すねおり)雷電社(らいでんしゃ)に雨乞いの祈願をすると、必ず雨が降った。ところが、江戸時代・天保(1830年~1844年)の頃、いくらお参りしても雨が降らなくなった。これは寛永年間(1624年~1644年)に雷電池を埋め立てて小さくしたためで、住んでいた大蛇が、上州板倉村(現在の群馬県邑楽郡)の雷電の池に移ってしまったことが原因だ。」という言い伝えが残っています。

明治7年の記録によると、「夏に干ばつが起こったため、脚折村の住民は大蛇が移ったとされる板倉村の雷電神社※1に行き、そこで雨乞い祈願をし、池の水を持ち帰った。板倉の水が脚折雷電社に着くと、たちまち雨が降った。」とされています。

その後の明治10年の記録では、「蛇を池中に入れ祈る」との記述があり、現在の「脚折雨乞」の姿に近い行事が行われていたことがわかります。
現在では4年に一度行われるようになり、2005年には国選択無形民俗文化財に指定されました。

《注釈》
1、板倉村の雷電神社:現在の群馬県板倉町にある雷電神社。関東一円、特に利根川中上流域に点在する雷電神社の総本宮

見どころ

竹と麦わらでつくられた、長さ36メートル、重さ約3トン、頭の高さ4.5メートルもの巨大な「龍蛇」は、出発前の入魂の儀により「龍神」となります。「龍神」は300人程の男たちに担ぎ上げられ、白鬚(しらひげ)神社から雷電池までのおよそ2kmを練り歩きます。

雷電池に到着すると、まず、池に御神水※2が注がれます。続いて、「龍神」が池の中を周回。担ぎ手が「雨降れたんじゃく、ここに懸かれ黒雲」と叫びながら「龍神」を池の中で暴れさせます。

この後、担ぎ手は一斉に、「龍神」の目玉や頭についている「宝珠」※3を奪い合いながら「龍神」を解体します。これは池を汚すことで神様を怒らせ、雨を降らせるためと言われています。また、「宝珠」など龍蛇の一部は持ち帰るとご利益があると言われており、競って奪い合う様子は、見る者を圧倒します。

《注釈》
2、御神水:脚折雷電社から大蛇が移り住んだ場所と言われる板倉の雷電神社の水。脚折雨乞の前日に雷電神社で祈願をして持ち帰り、行事で使用する
3、宝珠:薄く裂いた竹を直径45センチ程の籠状に編み、金紙を貼ったもの

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