下田野行灯(あんどん)まつり歴史・見どころ

歴史

「行灯まつり」の起源は諸説あり、一つは、鉢形城の出城であった要害山城主・用土新左衛門正光の内室だった西福御前の霊を弔うため、村人たちが西福寺を建立。西福御前の命日に、この寺の周辺に何100本もの行灯を立てたのが始まりだという説です。

別の説では、永禄12(1569)年、甲斐の武田信玄の軍勢が秩父に攻め入り、三沢村茗荷谷(現・皆野町三沢)にあった城を攻撃したとき、ここを守っていた用土新左衛門正光は、善戦して甲斐勢を撃退。その後、村人が、この戦いで亡くなった武士や百姓の霊を慰めるために、西福寺で行灯をともして供養したことがまつりの始まりだと言われています。近年は、こちらの説が多く用いられています。

見どころ

日が沈む頃、赤城大神社の参道に立てられた約400の行灯に、一斉に灯りがともされます。等間隔に並んだ行灯の灯りが山々に映えて、1枚の絵のような風景となり、幻想的です。

行灯には、かつては地元の画家などが描いた情緒豊かな絵や、風流な俳句がしたためられていましたが、近年は、風俗的な戯画や、子どもたちが好きな漫画のキャラクターなどが描かれることが多くなりました。行灯の絵を一つ一つ鑑賞しながら歩いていくのも、この祭りの楽しみです。赤城大神社の境内には、とりわけ大きな行灯が飾られ、暗闇に見事な絵が浮かび上がります。

トップに戻る