不動ヶ岡不動尊總願寺節分会歴史・見どころ

歴史

總願寺で節分の日にあわせ、厄払いの行事が執り行われるようになったのは、江戸時代初期。約390年前から続く、歴史ある祭りです。当時、寺院等で厄払いをした者は、帰り道にお金や高価な持ち物をわざと落とすことで、厄が“落ち”、その持ち物を手にした者は、福を“拾った”と言われています。その言い伝えから、總願寺の節分会では、年男は自分で用意した福銭やお供え物をまくようになりました。

また本堂を駆け回る3体の鬼の色は、煩悩の種類を表していると言われています。松明(たいまつ)を掲げている赤鬼は“怒り”、剣を持っている青鬼は“欲深さ”、棍棒(こんぼう)を持っている黒鬼は“愚かさ”を表しています。これらの煩悩に心が奪われると誰でも鬼の姿になってしまうという言い伝えがあります。「鬼追い豆まき式」には自らの災厄を払うという意味だけでなく、鬼の姿を見て自分も鬼の姿にならないよう自らを戒める意味も込められています。

見どころ

福豆で追い払われる赤鬼が、長さ3メートル、重さ30kgの燃えさかる大きな松明を揺らしながら本堂を駆け回る姿は迫力があります。

赤鬼が持つ松明の火は、總願寺の守護仏・御本尊不動明王の御前にて執り行われる、開運厄除、家内安全・商売繁盛等を祈る大護摩(おおごま)の火をいただいたもの。この火の粉を浴びると災厄が払われ御利益をいただくことが出来ると言われています。

またゲストも参加する豆まき式は、威勢のいい「福は内、鬼は外」のかけ声とともに福豆や福銭がまかれ、大いに賑わいます。夜に行われる豆まき式では、昼の会とは異なり、闇の中に赤々と燃え盛る松明が幻想的な雰囲気を作り出します。

《注釈》
1、護摩:薪で火を焚いて無病息災や商売繁盛などを祈ること