大凧あげ祭り歴史・見どころ

歴史

江戸時代、江戸川は舟運が盛んで、この祭りがおこなわれる春日部の西宝珠花(にしほうしゅばな)地区は舟運交通の要衝として栄えていました。また当時、この地区周辺の農村では米作と養蚕が営まれ、農家の人々は景気を左右する養蚕に強い関心を持っていました。

江戸時代後期、出羽国(でわのくに)の僧が西宝珠花にある寺に滞在した際、養蚕用の桑畑を見て、「繭の値段が”あがる”」と「凧が”あがる”」の意味をかけて、養蚕の豊凶を占って凧をあげるように勧めました。そこで農家の人たちは各家で小さな凧を作ってあげました。これが大凧あげ祭りの始まりと伝えられています。

当初、凧は繭の収穫前にあげられていましたが、明治初期に、旧暦5月の端午の節句に西宝珠花地区の男児誕生を祝ってあげられるようになりました。この頃から凧も巨大化したと言われています。

見どころ

まつりは、まず大凧を組み立てるところから始まります。3日の午前中は、骨組みされた凧骨と文字書きされた凧紙を貼り合わせたり、百数十本の糸を大凧に結びつけたりする様子が江戸川河川敷で見られます。

3日、5日の午後から、西宝珠花地区の住民が西宝珠花にある大王寺の正門を境に「上若組(かみわかぐみ)」、「下若組(しもわかぐみ)」に分かれ、それぞれの組で自分たちの凧をあげます。大凧は百畳敷(縦15m、横11m)の大きさで、重さ800㎏もあり、百数十人の引き手が力を合わせて引き上げます。

大凧が空高くあがるには、強い風の力が必要です。引き手の息が合い、風が整い、大凧が空にあがると江戸川河川敷を埋める約10万人の見物客から大きな歓声があがります。

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