宵まつりの灯を絶やすな!!北本で広がる、ねぷた絵の輪
北本まつり「宵まつり」インタビュー

宵まつりの灯を絶やすな!!北本で広がる、ねぷた絵の輪

北本ねぷた絵師会

野川美津子さん

北本まつり「宵まつり」の目玉である北本ねぷた。約21基もの勇壮な山車やねぷたがお囃子とともに北本駅西口を巡行します。ねぷたといえば青森や秋田のものが有名ですが、なぜ北本でねぷたなのでしょうか?

さいたまつりは、北本ねぷたの普及のために活動している北本ねぷた絵師会の野川美津子さんに、北本でねぷたが根付いた歴史とその魅力を伺いました。

聞き手・文:吉澤 瑠美

弘前から伝わる文化と北本に根付く文化が融合、独自のねぷた「北本ねぷた」

吉澤 本日はよろしくお願いします。さっそくですが、野川さんはずっと北本で暮らしていらっしゃるんですか?

野川さん はい、北本で生まれ育ちました。私は幼い頃から中山道を笛太鼓が練り歩くお祭りが大好きで、お祭りにより町中が賑やかになる光景に心を躍らせていました。父の転勤で一度は北本を離れましたが、やはり故郷が恋しくて、結婚を機に戻ってきました。それからはずっと北本で暮らしています。

吉澤 昔から祭り好きだったんですね。そんな北本でなぜねぷたなのでしょうか?

野川さん それは、時代とともに商店街が衰退し、お祭りも下火になりつつあったのですが、1991年に北本市の社会教育委員が青森県弘前市を視察した際、弘前ねぷたに感銘を受けて地域コミュニティの活性化を目的に始めたのが「北本ねぷた」だと聞いています。

 

野川さん 初めはお囃子もなく、ねぷたもほぼ独学で制作していたようです。10年ほど続けているうち、熱心な市民の方々が「より本格的なねぷた祭りにしたい」と弘前へ技術を学びに行くようになり、北本市と弘前市の間での交流が始まったそうです。

吉澤 それで弘前のねぷた絵師の方々が技術を伝えに来てくださったと。

野川さん 絵だけではなく太鼓や笛も弘前から来て講習会を開いてくださって、「ドーンドドンドン、ドンドン」「ヤーヤードー」という弘前ねぷたの掛け声も丁寧に教えていただいたそうです。ただ、北本には私も子供の頃から馴染みのある「あずま太鼓」があります。そこで当時の方々が弘前のねぷたと北本のあずま太鼓を融合させて「北本ねぷた」という形を作ったんです。

吉澤 北本のねぷたは「弘前から受け継いだねぷた」と「北本に根付いたあずま太鼓」の融合から生まれたものなんですね!

野川さん 北本でねぷたをやるという、外部の祭りを取り入れることには多少なりとも抵抗があったと思います。でも独自の祭りとして誇れるものができましたし、おかげで県外からも多くの人が観に来てくれるようになりました。2018年は77,000人の人出があったと聞いています。

吉澤 野川さんはいつからねぷた絵を描いていらっしゃるんですか?

野川さん 実は、7年前までは保育士の仕事に夢中で北本ねぷたの存在を知らなかったんです。

吉澤 ええっ!

 

野川さん きっかけは、北本まつりでよさこいを踊る友人に写真撮影を依頼され、たまたま出かけたのが最初です。日が落ちた頃、遠くのほうから揺れながら光を放つものがやってきたんですよね。そこで祭関係者に「あれは何ですか?」と尋ねたら、ねぷたの説明をするより先に「描いてみる?」と言われて(笑)。ちょっとびっくりしましたが、保育士をしていて絵を描くのは好きでしたし、ねぷたの迫力と美しさが忘れられなくて、講習会に参加してみることにしました。

吉澤 きっかけはどこに転がっているか分からないものですね……。

野川さん お友達が誘ってくれなかったら今頃私はお祭りの存在も知らず、ここにはいなかったと思います。

 

ねぷたの絵付け現場に潜入!ねぷた絵300年の歴史に触れる

吉澤 今は何を描かれているんですか?

野川さん これは、市の観光協会のねぷたです。ねぷたの正面になる、一番大きな「鏡絵」の張替えをしようということで制作しています。だいたい3年に1度のペースで張り替えているんですよ。

ねぷた絵には、墨描き、蝋引き、色入れの3つの工程があります。今日やっているのは、隣同士の色が混ざらないようにろうそくの蝋を溶かして色の境目をなぞる「蝋引き」の作業です。

 

野川さん 蝋引きが終わりましたら色を入れるんですが、色は絵師によって好みの配合が微妙に違うんです。毎年毎年うまく配合するのに時間がかかってしまうので、私は好みの配合をペットボトルに保管して、同じ色をすぐ再現できるようにしています。

 

吉澤 これだけ大きな紙を管理するのも大変ですね。この紙は和紙ですか?

野川さん 和紙ですが、普通の和紙ではなく本場・弘前から取り寄せたねぷた用のものを使用しています。皆さん知らないと思いますが、紙と粉絵の具には、光を透過しやすいようガラスの粉が混ざっているんですよ。

吉澤 だから明かりを灯すと美しく光るんですね!ねぷたといえば、柔らかい白と燃え上がるような赤が印象的ですよね。

野川さん 赤はろうそくの明かりと相性が良く、もっとも映える色なんです。今はろうそくの代わりに蛍光灯でねぷたを灯していますが、昔の名残りで今でも「赤」はねぷたにおいて重要な色とされています。

 

吉澤 たしかに、義経公の活躍を描いたねぷたでは赤い袴を履いていますね。

野川さん そう。持っている棒も赤や茶色で描きますし、台座の開きにも赤を使います。弘前の絵師の方々からも、色を付けるときは最初に赤を置いて、それから色を添えていくと教わりました。

吉澤 墨も特別なものを使うんですか?

野川さん 墨は書道用の墨汁です。季節柄、めったにないことですが雨が降ることも考えられるので、洗濯して落ちるものではなく、高品質でにじみが少ないものを使っています。

今年は雨の対策もしていて、ポツリと来たらビニールをかけることにしています。

 

北本ねぷたを絶やさないため、体験を広め、仲間を増やす

吉澤 野川さんが所属されている北本ねぷた絵師会は昨年からスタートして2年目ですね。なぜ北本ねぷた絵師会を作られたんですか?

野川さん 昨年、宵まつり25周年を記念して絵師会を立ち上げました。弘前の先生方に教わって描くだけでなく、中高生と制作体験をしてみたり、後継者につなげるための取り組みをしています。北本中のみんながひとつにつながる祭りになればいいね、という思いで集まっています。

 

吉澤 ここ数年は、ねぷた制作に北本の中高生も参加していると伺いました。

野川さん はい。昨年は高校生やOBの方々が色をつけたねぷたが、本番の宵まつりにも登場しました。初めはうまくコミュニケーションがとれるか心配でしたが、作っているうちに少しずつ打ち解けて、最後まできれいに仕上げてくれました。

今年は中学生からも「ぜひ体験したい」とリクエストを頂いて、先日ねぷた絵を手伝っていただきましたよ。北本で暮らす子たちにとって「ねぷた絵描きを体験したことがある」というのは、大切な思い出になったと思います。

 

吉澤 一度でも体験したことがあると、祭りが他人事じゃなくなりますよね。

野川さん 中高生との共同制作も、指導というより自分事として楽しむ仲間を増やすという意識です。観光協会の方々も間に入って一緒に汗をかいてくれているのもありがたいですね。荷物を運んだり、絵付けにも加わってくれたりしながら、絵師会や北本ねぷたに深く携わってくれることに感謝しています。

 

吉澤 絵師会が発足したことで、今まで以上に北本ねぷたに関わる人が増えてきているんですね。最後に、絵師会として今後の目標があれば教えてください。

野川さん 結成して2年、各地区から17名のメンバーが集まって活動している絵師会ですが、もっと仲間を増やして、将来的には制作者がいなくなってしまった地区でもねぷたを復活させたいですね、北本ねぷたを絶やさないように。

吉澤 ありがとうございました。

 

北本だから観られる、北本でしか観られないねぷた祭りに魅了された野川さん。ねぷた絵に向ける眼差しは、初めて宵まつりを訪れた日の輝きがそのまま残っているようでした。今後、北本ねぷたに関わり支える人がますます増えて、北本の伝統を受け継いでいくことを願わずにはいられませんでした。皆さんも、北本まつり「宵まつり」で秋の夜を彩るねぷたの灯をぜひその目に焼きつけてください。

トップに戻る