歴史・見どころ

金谷の餅つき踊り歴史・見どころ

歴史

餅つき踊りは、東松山市岩殿山(物見山とも言う)に住む悪竜を退治した征夷大将軍・坂上田村麻呂に住民が感謝して、喜びのあまり踊りながら餅をついてもてなしたのが始まりと言われています。

その後、300年の伝統を重ねるうちに踊りが様式化され、幕末から明治にかけては、七五三で出生後の無事感謝と、今後の成長を祈願する「帯解き」のお祝いに踊られていました。大正からは、豊作祈願のために踊るようになりました。

「金谷餅つき踊り保存会」が組織され保存されていましたが、担い手の高齢化により2010年に中断してしまいました。しかし、2018年に若手が中心となって復活を果たしています。

見どころ

基本は「三本杵」という3人構成で、演目はバリエーション豊かで、全部で16種類あります。3人で餅をつくのは、チームワークが肝心。また、中腰で重い杵を扱うので、足腰の強さが求められます。

最初の「練り込み」から、せいろを持って登場する「せいろかぶり」、杵を見ながら臼をつく「にらめづき」、よろけるような仕草の「小杵のよろけづき」などが演じられ、最後は比企麦打唄に合わせて「十文字づき」が演じられます。特に、大杵による「両かぶり」「片かぶり」は、見どころの一つです。

息のあった激しくリズミカルな踊りには、集まる観客の視線が集まり、賑やかな餅つき行事となります。つきあがった餅は、見物客にもふるまわれます。

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