出原の天気占い歴史・見どころ

歴史

天気占いの始まりは、一説には、天正18年(1590年)に小田原北条方の鉢形城が豊臣勢に攻められて落城し、その落人が出原に居を構えた時からと言われています。

一方、諏訪神社に伝わる文書によると、「その昔、村が暴風雨に襲われ、薄川が氾濫し、村の鎮守諏訪社のご神体の木像が、下流の大里郡本畠村(現在の深谷市)まで流された。その知らせを受けた出原の氏子が出向いたところ、『弓と的とシトギを供えてくれるなら、元の社に戻る』とお告げがあった。それ以来、氏子たちは昔にも増しておごそかに弓占いを行い、シトギを神に供える神事を行ってきた」とも伝えられています。

1996年には、県指定無形民俗文化財に指定されています。

見どころ

当日は午後から社殿で式典を行い、引き続き天気占いの神事が始まります。

使われる弓は、魔除けの霊力があるといわれる桃の木製で、矢は篠竹(しのだけ)に、和紙の矢ばねをつけた矢を4本作り、的は半紙に墨で三重丸が書かれた白黒二色になっています。射手は2名1組となり、3組計6人が交代で、約5メートル先の直径80センチの的に向けて、矢を放ちます。この間会場内では、古式ゆかしい厳かな雰囲気に包まれます。矢が白いところに多く当たると晴天が多い年、黒に当たると雨が多い年、的外れが多いと風が吹くことが多い年になるとされ、この結果によって、その年の農作物の作付けの目安をたてたと言われます。

的矢の神事が終わると、参拝者には米粉と大豆粉を練り込んだ「シトギ」が振る舞われ、持ち帰って食せば、ご利益があると言われています。

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