本庄まつり歴史・見どころ

歴史

江戸時代後期、中山道最大の宿場町として栄えました。

本庄まつりは、本庄宿の総鎮守※1・金鑚(かなさな)神社例大祭の附祭り※2として、江戸時代に始まったとされています。当時は9月29日に行われていましたが、明治5年に太陽暦が採用されると、陰暦の9月29日に近い吉日であった天長節(明治天皇の誕生日)、11月3日に行われるようになりました。

祭りで曳き回される10基の山車のうち、8基は市指定文化財で、いずれも明治5年から大正13年までに建造されたものです。

《注釈》
1、総鎮守(そうちんじゅ):その地を鎮め、守る神。またその神社
2、附祭り(つけまつり):神社の祭礼などの余興として行われる行事。山車や花火などが代表的な附祭り

見どころ

北関東随一と言われるほどの豪華絢爛な山車が、「本庄まつり」の見どころ。山車は、上に人形が乗る「江戸型山車」の形式で、登り龍などの見事な彫刻や、精巧な彫金、豪華な文様の緞帳(どんちょう)が飾られ、格式を感じます。

祭り二日目には、金鎮神社に全ての山車が集合し、中山道を巡行。その後は、市内の市街地を巡行し、山車同士が鉢合わせすると、お囃子を競い合うように鳴らす「叩き合い」が始まり、一気に熱気が高まります。
夜の「山車勢揃い」では、再び集まった10基の山車が半円状になって向かい合って叩き合い、祭りのフィナーレにふさわしい迫力満点の競演が見られます。

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