秩父音頭まつり歴史・見どころ

歴史

「秩父音頭」の歌と踊りの発祥については定かではありませんが、一説では文化文政期(1800年代前半)とされています。長い年月によって踊りは変貌してしまいましたが、昭和初期に、皆野の俳人・金子伊昔紅(かねこ いせきこう)が自らの作詞に公募した歌詞を加え、現在の秩父音頭の姿を生み出しました。それ以来、「秩父音頭」は埼玉県の代表的民謡として広く親しまれるようになりました。

今では群馬の八木節、栃木の和楽踊りとともに関東の三大民謡に挙げられています。

見どころ

県内外から約70チームが参加する「秩父音頭流し踊りコンクール」には、子どもから大人まで1,600人を超える参加者が出場し、流し踊りを披露します。各チーム、商店街の第一会場からスタートし、特設やぐらのある本会場まで30分ほど踊り歩きます。

「秩父音頭」の身振り手振りの中には、秩父人の生業である養蚕や農耕の仕草や、山峡で生活する者の足腰の強さを表現する屈伸の動作が入っており、素朴で強靭な秩父人の心意気が余すことなく盛り込まれています。また、秩父の山々にこだまするお囃子は、軽快にリズムを刻む大小の太鼓、華やかな鉦(かね)、哀愁漂う笛が奏でる山峡独特のハーモニーで多くの見物客を魅了します。

辺りも暗くなる19時半頃から、提灯に灯りが灯され始めると、風情ある盆踊りの雰囲気が会場を包みます。最後のチームの踊りが披露される21時頃には、美(み)の山(やま)から打ち上げられるスターマインなどの花火が、夏の夜空を盛大に彩り、秩父音頭まつりのフィナーレを飾ります。

トップに戻る