熊谷うちわ祭インタビュー

老若男女、全ての人たちがふれあえる場所、それが「祭り」

クマガヤ工芸

新島 章夫さん

“赤飯からうちわを振舞うようになった”、“お囃子を独自に演奏していくようになった”など、「うちわ祭」を取材していく中で、聞こえてくる話の共通点に“移り変わり”がありました。この“移り変わり”を目の前で見続けてきた人こそ、熊谷の地で60年以上「うちわ祭」に携わってきたクマガヤ工芸の新島さん。誰よりも祭りに詳しい新島さんにお話を伺いました。

聞き手・文:浅見 裕

祭りは、全ての人たちがふれあえる場所

浅見 「うちわ祭」に詳しい人を探して行く中で、多くの方から新島さんのお名前を伺いました。新島さんはどのくらい「うちわ祭」に関わっていらっしゃるんですか?

新島さん そうだね、60年くらいになるねぇ。

浅見 60年!そ、それはすごいですね。

新島さん 小学生の頃から、ずっと祭りが好きでね。この歳まで関わり続けてきたよ。

浅見 なるほど、小さい頃から「うちわ祭」を見続けているんですね。ちなみに、なぜそこまで祭りに惹(ひ)かれるのでしょうか?

新島さん 祭りに関わることで一番面白いのは、何と言っても「老若男女」幅広い人たちと関わりが持てること。俺は、子どもたちに「お囃子」を教えているのだけど、小学生の子どもたちとふれあうことが多くなるんだよ。

街の中でもよく「先生!」と呼び止められて子どもたちと話をして、コミュニケーションをとったりしているんだよ。

浅見 確かに子どもたちにとっても、学校や家庭以外で、大人とふれあえるのは大きいですね。

新島さん 俺も「お囃子」を教えてなければ、まずないよね。「全ての人たちがふれあえる場所」それが、祭りの魅力だと思うな。

見よう見真似で生まれた、熊谷の「お囃子」

子どもたちに、「お囃子」を指導する新島さん

浅見 子どもたちにお囃子を指導しているということですが、何歳くらいの子どもから教えているんですか?

新島さん うちのところ(新島さんが参加している銀座区)では、小さい子で小学6年生からだね。子どもの人数が少ない他の地区だと、小学4年生くらいからもやっているらしいけど。

浅見 新島さんも子どもの頃から「お囃子」をやっていたのですか?

新島さん そう、子どもの頃からずーっとやっているね。

浅見 そうなんですね。なぜ「お囃子」をやるようになったのですか?

山車に乗って「お囃子」を演奏する様子

新島さん 山車に乗りたかった、というのが最初のきっかけ。祭りの日に立派な山車に乗っている人が、とにかくうらやましかったなぁ。

それがあるとき、地元でいち早くお囃子をやらないかって誘われたんだよね。「お囃子」ができれば、みんなと一緒に山車に乗ることができたからね。

浅見 それは素敵なチャンスでしたね!幼いながら、夢がかなったみたいな感じですか?

新島さん そうだね。乗れるなんて、夢のまた夢だったからね。祭りの日には山車から、降りるのもイヤだったくらい(笑)。

浅見 今の子どもたちも同じように山車に乗るのを楽しみに、「お囃子」をやっているんですか?

新島さん そうだね、今も同じだと思うよ。みんな、山車に乗るのは憧れだろうからね。

浅見 なるほど。「お囃子」が子どもたちの憧れというのは、ずっと変わらないんですね。

新島さん そうだね。でも実は、元々は熊谷には「お囃子」はなかったんだ。

浅見 え、そうなんですか?

新島さん どこの祭りでもそうだと思うのだけど、昔は「お囃子」って農村地域のお囃子のできる人たちに来てもらって、演奏をお願いしていたんだ。熊谷では、深谷や旧大里郡から呼んでいたの。

ただ、徐々にそういう地域の人たちも他の地域に行ってまで演奏する余裕がなくなって…。だったら「自分たちでお囃子をやろう!」と、熊谷の「お囃子」が始まったんだ。

浅見 そうだったんですね、始めから熊谷に「お囃子」があるものだと思っていました。「お囃子」はどのように学んだのですか?

新島さん 最初は、熊谷に来て演奏していた人たちに習って、その後は、聞いた演奏を「こんな感じじゃないかな?」って、自分たちなりに真似をしたり、アレンジしたんだよ。

浅見 ということは、新島さんがアレンジした「お囃子」が今でも演奏されていたりするのですか?

新島さん そうだよ。なにせ、見様見真似だったからね(笑)。そうやって徐々に熊谷独自の「お囃子」を広めていったって感じかな。熊谷でお囃子を始めてから15年ほどで、「うちわ祭」のお囃子は全て“自分たちのお囃子”になったんだ。

浅見 「うちわ祭」のお囃子は何種類くらいあるのでしょう?

新島さん 出バヤシ、地バヤシ、シゲ、キザミ、ブッキリなど、だいたい5〜7種類。

町によって演奏している数も変わるし、聴こえ方は同じでも、実は叩き方が違ったりしていてね、そこがまた面白い。これが聴き分けられたら、かなりすごいね(笑)。

浅見 そこに行き着くまでに、ものすごい時間がかかりそうですね(笑)。

新島さん そうだね、長く「うちわ祭」に携わらないとわからないだろうね。

例えばね、鉦(かね)の演奏にも「チャチャ、チチ、チャチャ、チチ…」と叩く・擦る(する)があるんだけど、どんな演奏がいいか、各町がより良い方法を試行錯誤しながらやっているんだよ。

鹿のツノでできた鉦を叩くための「シモク」

山車の“お披露目会”が見どころ

2日目に行われる「巡行祭」

浅見 「お囃子」の歴史、とても興味深いですね!ところで、「うちわ祭」というと、やはり山車も見どころだと思うのですが、その辺りのお話も伺えますか?

新島さん 山車を見るなら、2日目の昼に行われる巡行祭は外せないね。全部で12基の山車・屋台が国道17号線(中山道)を整列してずらっと巡行していく。いわばこれは、山車のお披露目会なんだ。

豪華な山車を見ながら、各町のお囃子を耳で聴く。うちわ祭をゆっくりと堪能できるタイミングなのでおすすめかな。

浅見 なるほど、まさに昼間のシャッターチャンスですね!外せない理由も納得です。また、「うちわ祭」の“うちわ”についても伺わないわけにはいきません(笑)。

新島さん そうだね(笑)。昔から、この祭りのときは“うちわ”を配ってたんだ。その“うちわ”が有名で、熊谷の外から祭りに来た人たちは、“うちわ”をもらって喜んで地元に持って帰ったもんだよ。当時は、商店で何か買うと、“うちわ”をもらえてね。“うちわ”をたくさん持って帰ると、「あの人はたくさん買い物をして来たんだ!」って、いい自慢になったらしいんだ。

今も、「うちわ祭」では御仮屋※注1で“うちわ”をもらえるから、祭りの日には記念に持って帰ってもらったらいいと思うよ。

浅見 なるほど。たくさんのお話をありがとうございます。新島さんのお話から、「うちわ祭」の良さがひしひしと伝わってきました!

新島さん いえいえ、いくらでも話せることはあるんだけどね(笑)。

まあ、最初に言った通り、祭りは子どもから大人まで多くの人々が、互いにふれあい、コミュニケーションをとっていくものだと思うんだよね。そうやって地域のことに関わっていくと、次第にこだわりも湧いてくるもんだよ。「隣の町よりかっこいいお囃子を叩こう!」とか「山車をもっと立派に見せよう」とか。次第に自分の町に誇りを持つようになっていく。

こういうことも「祭りの良さ」なんじゃないかな。

浅見 本日はありがとうございました!

「うちわ祭」の移り変わりを見続けてきた新島さん。祭りの魅力を「老若男女、幅広い世代がふれあえること」とお話されていたのがとても印象的でした。地域の人々がつながり、ふれあいから生まれる絆があるからこそ、長年「うちわ祭」が盛り上がり続けるのだと感じました。絆が盛り上げる「うちわ祭」、見逃せませんね。


《注釈》
1:祭りの期間中、神様が宿ったお神輿が止まる場所。行宮ともいう。