飯能まつり歴史・概要

歴史

「飯能まつり」が始まる前、飯能市域では山車を曳く祭りが多数開催されていました。最初の山車祭りは明治初年、南高麗地区間野・直竹といった飯能の周辺地域で山車曳行航※1が行われました。大正時代以降になると市街地の祭礼でも山車曳きが行われはじめ、特に大正御大典祭(1915)、昭和御大典祭(1928年)、紀元二六〇〇祭(1940年)など、国家祝事では各町内そろって山車を曳くようになりました。

その後、昭和46年(1971年)には、飯能市街地に、各地域の祭礼で曳き出されていた山車・屋台が一堂に集まる「飯能まつり」が初めて行われ、現在では、山車・屋台が11台出場するにぎやかなまつりになっています。

見どころ

飯能まつりに出場する山車・屋台11台は、川越まつりに代表される人形等を乗せた「山車」と、 唐破風(からはふ)屋根※1や豪華な彫刻が特徴の「屋台」の2つに分類されます。また、1日目にはメインの山車屋台とは別に11台の底抜け屋台※2が各町内を廻ります。

2日目では、11台の山車・屋台が1対の万灯と、華やかな衣装の女の子による手古舞※3に先導され曳き廻されます。その他、獅子舞、まといはしご乗り、居囃子などの郷土芸能も堪能できます。また、山車・屋台が集まる引き合わせや総覧では、山車・屋台の見比べができるので、こちらも見どころです。

《注釈》
1、底抜け屋台:屋台の床板が貼られておらず、歩きながらお囃子を奏す。
2、唐破風(からはふ)屋根:大きな屋敷や社寺の屋根に用いる、弓なりにそった形の屋根
3、手古舞:花笠を背負って、重ね着した着物を片肌脱ぎ、裁着袴(たっつけばかま)姿の女子が鉄棒を引きながら、山車隊列の露払いとして、前方にいる子ども