秩父夜祭歴史・見どころ

歴史

江戸時代の寛文年間(1661~73)には存在していたという記録があり、300年余りの歴史があります。秩父は古くから絹織物の産地だったため、江戸時代には祭りとともに絹取引の市が立ち、秩父の経済を大いに潤したことから、「お蚕(かいこ)祭り」とも呼ばれます。「秩父夜祭」は、秩父の人々にとって、蚕の世話や農作業を終えて一年を締めくくる大切な行事でした。絹市も復活し、秩父に住む人々の一年の総決算であることに変わりはありません。
昭和37(1962)年に2基の笠鉾と4基の屋台が「秩父祭の屋台6基」として国の重要有形民俗文化財に、昭和54(1979)年には「秩父祭の屋台行事と神楽」が、国の重要無形民俗文化財に指定されています。また、平成28年(2016年)12月には「秩父祭の屋台行事と神楽」を含む『山・鉾・屋台行事』33件が、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

見どころ

12月2日は、秩父夜祭の宵宮(よいみや)と呼ばれます。宵宮は、お祭り本番を盛り上げる前夜祭に近いものです。朝から山車4基の曳きまわしが行われ、長唄※1を奉納する「曳き踊り※2」などが披露されます。また、屋台と屋台がぶつかりそうになりながら進んでいく迫力満点の「すれ違い」が見どころです。
3日の本宮(ほんみや)は、『動く陽明門(日光東照宮)』と言われるほど絢爛豪華な2台の笠鉾(かさぼこ)と4台の屋台が巡行されます。夜になると、笠鉾、屋台に灯がともされ、囃子の太鼓の音が響き渡ります。夜7時になると御神幸行列が御旅所※3(おたびしょ)に向けて秩父神社を出発。 そのあとを笠鉾と屋台が続きます。屋台の上では、囃子手※4たちが身を乗り出し、提灯をかかげながら、「ホーリャーイ、ホーリャーイ」の掛け声を連呼。江戸の囃子や祇園の囃子の調子とは違った、地響きのような豪快なリズム、お囃子、掛け声が賑やかです。クライマックスは、目的地である“御旅所”に着く直前の、団子(だんご)坂の曳き上げです。12~20tもある屋台と笠鉾が、段丘崖の急坂を、高まる掛け声に合わせて曳き上げられるさまは、圧巻です。
御旅所に一行が着く頃、花火が次々と上がり、冬の夜空をいろどります。ぼんぼりの灯りが幻想的な風景は、秩父夜祭の醍醐味だといえるでしょう。

《注釈》
1、長唄:歌舞伎で唄われる歌のこと
2、曳き踊り:笠鉾・屋台で行われる神楽。
3、御旅所:武甲山の男神と秩父神社の女神が出会う場所と言われている。
4、囃子手:屋台の前方に乗って、派手な襦袢をまとい、提灯を手にして「ホーリャイ、ホーリャイ」と大声で屋台の曳き手を鼓舞する人。